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第274話Ponder

ハルの貸してくれた部屋着を身に纏う。この前朝比奈に服を借りた時はぶかぶかだけれど何とか着ることが出来たが、ハルと俺では体格差がありすぎてTシャツ一枚だけでも体がほぼ隠れてしまう。 「…なんかムカつく」 「ズボン持ってきたんだけど、長ズボンだから多分丈合わないよね。まあそのままでも可愛いからいいか」 「何でも可愛いって言うな」 唇を尖らせた俺を「はいはい可愛い可愛い」とあしらってリビングへと誘う。廊下ですれ違った家政婦の女性はそんな俺達に微笑みかけ生暖かい眼差しを向けた。 「二人とも上がったのか。私も先程シャワーを浴びさせてもらったよ」 「それは…他にもシャワーを浴びられるところがあるってことですか?」 「ああ。うちには各フロアにバスルームがひとつとシャワールームがいくつかあるんだ。昔は客人も多かったからね」 そういうことなら早く言えという視線をハルに送ると、とぼけたように目を逸らされた。 これでは、まるで俺達が毎日一緒に風呂に入っているものだと思われてしまいそうだ。 「仲がいいのはいい事だよ。その、私はあまり恋人同士がどうやって過ごすかなんて知らないものだからなんとも言えなくてね」 綾人さんに変な気を使わせてしまっただろうか。一体どこまで知っているのかは分からないが、俺達はそれなりにやることをやってしまっているから顔を真正面から見ることが出来ない。 行為自体というよりか、恋人の父親を前にして後ろめたさが拭えなかった。 「ねえ父さん、文化祭のDVD観てもいい?」 「ああ勿論。私の部屋にあるから取ってこようか」 「いいよ、俺が取ってくる。机の中?」 「そう、引き出しの一番下だ。今少し散らかっているから探すのが大変かもしれないが…」 ハルがリビングから離れて綾人さんと二人きりになると気まずい雰囲気が流れる。俺からは流石に何か話すことは出来ない気がしてしまう。 綾人さんが座るようにとソファをポンポンと叩くので、失礼しますと小声で答えて柔らかいソファに体を沈めた。 「双木くん、少しお話してもいいかな?」 「は、はい」 そう真面目そうな顔をされると緊張してしまう。一体何を話すつもりだろうか。やはりこの関係性について不安なところがあるのか、それとも俺のような不良生徒と絡むことが気がかりなのか。考えれば考えるほど俺が不安になってくる。 「遥人って、家ではどんな感じなのかな」 「へ…?どんなって…」 思っていたのとは大分違った質問内容にたじろぐ。どんなと聞かれても、本人の親の前でなんと答えるのがベストなのだろう。 「どんなことでもいいよ、私はあまり普段の遥人を知らないから。双木くんが遥人のことをどんな風に見ているのか知りたいんだ」 「えっと…その、なんか無邪気で、いつも笑顔で…」 本当にこんなことでいいのだろうか。もっと学校で見せているような真面目さだとか友達が沢山いるとかそんなことの方がよかったような気がしてきた。 「へえ、それは意外だったなぁ。双木くんの前だけでは素が出せるのかもね」 「あ、はい…結構だらしなくて、自分勝手な所も多いんですけど…」 「はは、そうなのか。それも意外だ」 「けど!その、そういうところもなんていうか…俺は、可愛くて好きです!」 焦った勢いで変な事を言ってしまって、顔がみるみる赤くなってゆく。 本音といえば本音ではあったが、どう考えてもこれは綾人さんの前で話すべきではない。ハルのことを可愛いと思っているだなんて本人の前でも言ったことがないのに。流石の綾人さんでもこれは引いて怪訝な顔をするかもしれない。そう思うと俯いた顔を上げずらかった。 恐る恐る綾人さんの方を窺うと、予想に反して楽しそうに微笑んでいる。何がそんなに面白かったのだろうか。 「君は、本当に遥人のことが好きなんだね」 「はい…そう、ですね」 再び顔が燃えそうなほど熱くなる。俺がハルのことを好きなのを認めたところで綾人さんはそれを咎めることもなく、そうかそうかと何度も頷いてまた微笑んだ。 「寂しい気持ちもあるけれど、遥人のことをこの先もずっと愛してやってくれないか。言われなくてもそうするかもしれないが」 「愛し…は、はい」 「約束だ、指切りしよう」 いきなり小指を差し出され、戸惑いながらもそれに自分の小指を絡ませる。凛とした声で指切りげんまんの歌が口ずさまれたところで、後ろから迫ってきた影によって綾人さんから引き剥がされた。 「は〜いストップそれ以上俺の勇也に触んないで〜」 「指切りしていただけじゃないか」 「いくら父さんでも勇也と指絡ませるのはダメ。完全にアウト」 それくらいいいだろうと言おうと思ったけれど、本当に拗ねたような顔をしたハルに思わず胸が締め付けられてしまって言葉が引っ込んだ。 「そもそもなんの指切りしてたの」 「ああ、双木くんがこれからも遥人のことを愛し__」 「なんでもいいだろ!綾人さんも言わないでください、その…恥ずかしいんで」 ハルはまだ不満そうな顔をしている。きっと俺と綾人さんだけの秘密みたいな言い方が気に食わなかったのだろう。 ソファの後ろに立つハルの喉を猫にするみたいに撫でて宥めると、さっきまでの不機嫌顔が嘘のように和らいだ。 それと同時に綾人さんが目の前にいたのを思い出してまたやってしまったと顔を赤らめる。 「最近の若い子はそういうスキンシップのとり方をするのか…」 「ち、違いますこれは」 「俺と勇也はラブラブだからね」 「何がラブラブだアホ」 クスクスと笑われて更に恥ずかしい。ハルがDVDをセットして俺の隣に座り、またしてもロミオとジュリエットの上映会が始まってしまった。 一体俺は今日何回恥ずかしい思いをすれば済むのだろうか。

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