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第275話Ponder②

ロミオとジュリエットのDVDをかれこれ3時間近く見ている気がする。おかしい、上演自体は1時間しかないはずだったのに。 「おい…てめぇ一時停止すんのやめろや」 「ここの瞬きが可愛いから一時停止してからスロー再生して見たいんだよ」 「やめろって言ってんだろ!恥ずかしいだろうが!」 「なんでよこんなに可愛いのに…あ、今見逃したから巻き戻すね」 ハルは画面の中の俺に夢中だ。これには流石の綾人さんも呆れたのか横で書類の整理をし始めている。 「あの…綾人さん明日お仕事ですよね。もう寝てきて大丈夫ですよ」 「ああいや、いいんだよ。息子の活き活きした顔が見れるだけで嬉しい」 そういうものなのか。綾人さんにしてもハルみたいにどこかズレているところがあるような気がする。今までハルと話せなかった反動なのだろうか。 「おい、いつまで見てんだよ」 「もうちょっと…満足するまで見させてよ。眠かったら寝ていいから」 「…いいのかよ」 「え、なにが?」 画面を食い入るように見つめるハルの服を引っ張る。隣にいるのに蔑ろにされたのが気に食わなかった。 「本物が横にいるんだからそれで満足しろよ……拗ねるぞ」 ハルがフリーズし、画面の中でエンドロールが流れる。動き出したハルは何も言わず電源を切って綾人さんの方に向き直った。 「父さんは明日も早いだろうしもう寝た方がいいよ。俺達も遊んで疲れちゃったから寝てくるね」 「ああ、おやすみ二人とも」 「お、おやすみなさ…おいハル!なにすんだよ」 ハルはロミオさながら俺のことを堂々とお姫様抱っこし、それを見た綾人さんは目を丸くして固まってしまった。 割と本気でハルを叩いたのだがそれで離してはくれず、そのままハルの部屋へと連れていかれた。さっきのはすこしやりすぎだったのかもしれない。 「ほら勇也、いっぱい可愛がってあげるからおいで」 部屋に着くや否や部屋の隅へ避難した俺を、ベッドの上に座ったハルが手招きする。 ハルの部屋はかなり広いが中にものはあまりない。必要最低限の家具だけが置かれていて、ベッドはダブルサイズだ。 「さっきのは冗談なんだよ!」 「え〜そうは聞こえなかったけど?」 ハルが寄ってくると逃げ場がなくなり、壁にピッタリと背中をつけた。真正面にハルが立って、俺の顔を手で包むと指で耳を撫で始める。 「ねえ、構い倒してあげるからベッド行こうよ」 「んっ…耳、やめ…」 「愛でるだけで変なことしないから…ねえいいでしょ?」 「も…わかっ、たから」 足腰の力が抜けて壁に背中をついたままずり落ちて床に座り込む。すかさず抱き上げられてベッドの上に寝かせられた。 ハルはしつこいほどに顔中へキスの雨を降らせて、時折ぎゅっと強く抱きしめる。 それをあまり嫌じゃないと思ってしまう自分が情けない。 「俺のTシャツがワンピースになっちゃう勇也が可愛い」 そう言いながらTシャツの下から伸びた俺の脚を撫でて頬ずりし始める。恥ずかしくて振り払おうにも、ハルの力でしっかりと掴まれているとそれも適わなかった。 「やめろうざい」 「勇也の脚好きなんだもん。白くて綺麗」 「綺麗なもんか、男の脚だぞ」 「勇也なら全部綺麗、全部好き」 何故そう言う恥ずかしいことをサラッと言ってしまうのだろう。俺の方が恥ずかしくなって顔が熱くなっていく。 熱い顔を隠すためにTシャツの襟を持ち上げて顔を覆うと、ふわりと嗅いだことのある匂いがした。 「勇也パンツ見えてるよ、俺のだからいいけどさ」 「ハルの匂い…」 「俺の匂い?まあそれ俺のだしね」 しまった、声に出ていた。更にカッと顔が熱を増す。 「なあに、興奮しちゃった?」 「しねえよアホ」 脚に纏わりつくハルを蹴る勢いで払ってようやく振りほどく。広いベッドの枕に顔を埋めて、余計にハルの匂いを感じた。 「ハル…早くしろ」 「ん?」 「寝るんだろ。隣に来いって言ってんだよ、変な意味じゃねえからな」 颯爽と隣へ潜り込んだハルはすかさず俺の体へ抱きつく。部屋のエアコンはついていなかったから、この時期にそれをされると流石に暑い。 「暑い、離れろ」 「エアコンつける。だから離れない」 「セクハラ禁止な」 「セクハラなんてしたことないでしょ」 どの口が言っているんだとその唇を指で押さえつける。ハルは一瞬目を見開いたものの、すぐに余裕な笑みを取り戻して指に舌を這わせた。 「あっバカやめろ」 手を引こうとするとハルに腕を掴まれてしまい指をしゃぶられる。そのなんとも言えない感覚にどうしていいか分からなくなった。 「そういうのもダメだ」 「なんでよセクハラじゃないじゃん」 「ダメなもんはダメだって…んっ」 言葉を塞ぐように啄むようなキスをされ、諦めてため息をつく。 「勇也〜可愛いね〜本当に可愛い」 「やめろ子供じゃねえんだから…」 「可愛いものに可愛いって言って何が悪いのさ」 俺のどこをどう見たらそういう感想が出てくるのだろう。それだったらハルの方が余程可愛いのにと思ってしまう。 柔らかい髪を指で掬ってそのクリクリとした大きな瞳を見つめる。 「お前の方が可愛いだろ、そんなもん…」 ぽつりとそう零すと、俺の上に覆い被さっていたハルの耳は少しずつ赤みを帯びていった。

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