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第276話Ponder③

ついに本人に可愛いと言ってしまった。ハルはここで調子に乗り出すかと思ったが、耳を赤くしたまましどろもどろになっている。 「え、そんな、だって勇也そんなこと今まで一度も…なに、急に変な事言って」 「お前焦りすぎだろ」 「焦ってないよ!けど…俺のどこが可愛いの?」 それはいつも言われているこっちのセリフなのだが、ハルはあまり可愛いとは言われ慣れていないのだろうか。人から褒められることなんて日常茶飯事だろうに。 「…無邪気でガキくせぇところ」 「本当に?そんなのが可愛いって変だよ」 「お前が言うな。俺にとってはお前が凄く…やっぱもう言わねえ」 誤魔化すようにハルの頭をわしゃわしゃと撫でる。しつこくそんなに可愛いかと質問してくるハルが尻尾を振っているように見えて、それがまた堪らなく可愛い。 「…そういうとこだよ」 「勇也の方が可愛いよ…だって」 「あーうるせーなもう」 膝立ちになって自分の胸にハルの頭を抱き締める。それでまたわしゃわしゃと頭を乱暴に撫でてからベッドへ突っ伏した。 「何、今の」 「別に。可愛がってやろうと思って」 「そういうのは俺がする役なのに」 「いいだろたまには俺がしたって」 遠慮がちにまた隣へ寝転んだハルが恥ずかしそうに微笑む。俺がハルのことを好きで好きで堪らなくなってしまう気持ちに気づいていないのだろうか。それもまた面白いのかもしれない。 「ね、他には俺のどんなところが好き?」 「なんだよ急に」 「聞きたい。もっと知りたいんだよ、勇也が俺のことどう思ってるのか」 期待の眼差しを向けられるとどうにも困ってしまう。恥ずかしくなって背を向け、ぼそぼそと独り言のような音量で呟いた。 「普通に…顔がいい」 「そんなの皆言うじゃん」 「うるせえ。性格は良いとは言えねえけど、俺のこと本当に好きなんだなって思う時とか、俺もお前のこと好きだって…思う」 「待って、無理、好き…しんどい」 「どうした、具合悪いか?」 人が心配してそう言ってやったのに、おかしそうに笑いながらまたキスをしてくる。 仕返しのつもりでキスをし返せば、ぎゅっと抱き締めながら長いキスを。 「ん…んー!ん……っはぁ、殺す気か、バカ!」 「あはは、死因がキスで窒息死なんてやだね」 「笑い事じゃねえっつーの」 いつもなら舌を入れて息継ぎをしながら求め合うようにキスをしていたのに、ただただ口を塞がれたまま抱き締められれば窒息してしまってもおかしくない。 「そんな睨まないで」 「…次は、ちゃんと息継ぎさせろよ」 「ん、了解」 ちゅ、と唇が重なる音がして舌が入ってくる。キスに慣れてくるうちにハルの息遣いがわかるようになってきて、それに合わせながら喘ぎ喘ぎ息継ぎをした。 気持ちが良くて、もっともっとと貪欲になる。止めようにも止まらず、ハルの背中に回した手で服を思い切り掴んだ。 「ゆ…や…もう、俺我慢出来ない」 「変なことしないって、言ったくせに…」 「抱かせて、お願い」 低めの声で耳元でそう囁かれてしまったら、気分の乗っていた自分は断ることが出来ない。 観念したようにハルから一度手を離して、だらりと脱力した。 「…ゴムは」 「ある、ちゃんと持ってるよ」 そう言ってハルが財布からコンドームを取り出し始めたのを見て、再びベッドに歩んできたハルに向かって両腕を伸ばした。 「ん…早く、来いよ」 つくづく自分はハルに甘い。重なるハルの熱を全身で感じながら、何度も好きだという気持ちが頭の中でこだました。 一生ハルと繋がっていたい。好きだ、ハルが大好きだ。どうかこのまま__ 目覚めはあまりいいとは言えなかった。そりゃあ二日も続けて行為に及べば当たり前だろう。若いゆえに自分の体力を過信していた。 「勇也、立てる?」 「むり」 「抱っこしようか?」 「やだ」 ベッドに潜り込んだまま、自身の軋む体を抱き締める。ちょっと流石にこれは調子に乗りすぎた。 「我儘言わないの、もう父さん仕事行っちゃったしそろそろ帰るよ。ほらどうするの」 「ん…」 両腕を差し出すとすぐさまハルに抱き上げられる。軽くシャワーを浴びてから洗濯されたらしい昨日の服をハルに着させてもらい、柔らかいブラシで髪の毛をとかされた。 「歯磨きするから口開けて」 「あ…」 「いい子」 されるがままに歯磨きをされるのはあまり悪くない。しかし口内を刺激されるとどうもいけない気持ちになってきてしまう。 こんなのが気持ちいいなんて、俺はどうかしてる。 「んぁ…も、い…」 「え?まだだめだよ、つぎ下の歯」 調子に乗り出したハルは某教育番組で流れていた歯磨きの歌を歌い始める。 「はい、うがいしていいよ」 「…もっとまともに歯磨けねえのかよ」 「人にやらせておいてそれは無いんじゃない?」 「別にやれとは言ってねえし」 目をそらした後、もう一度ハルの顔を見つめる。先程の歯ブラシのせいで少し気分がおかしくなっていた。察しろという念を送るかのようにハルに視線を注いだ。 「その顔は何?キスをご所望?」 揶揄うようにそう言われたのは腹が立ったが、間違ってはいないから小さく頷く。 それはハルも予期していなかったようで、一度頭を抱えてからゆっくり唇を重ねた。朝からこんなイチャついていいものかと思ってしまうが、昨日抱かれた余韻もあってかつい甘えたくなる。 「勇也、ムラムラしてきたんだけど」 「俺の体壊す気かお前」 「我慢するからもう少し…」 仕方なく目を閉じ、ハルの舌を受け入れる。ハルも歯を磨いた後だからかほんのり歯磨き粉の味がする。いつもは微かに甘い味がするから少し不思議だ。 「…なぁ、お前っていつもその…キス、の前とか何か食ってんの」 「時と場合によると思うけど…なんで?」 「いつも少し甘ったるい味がする」 「俺と勇也の相性がいいからそう感じるんじゃない?」 それは本能的にハルの唾液を自分がそう感じてしまっているのだろうか。だとしたら今の質問はとてつもなく恥ずかしい。 「もう一回試してみる?」 別に試す必要はないけれど、自分がしたい故にまた目を閉じてしまう。 確かに意識してみれば、ハルの唾液が甘く感じるような気もする。 「どうだった?」 「…これだけじゃわかんねえ」 わざとそう言えば、またキスをしてくれる。自分からこんなふうに強請るのは珍しいのかもしれない。 家政婦に目撃されて気まずい雰囲気になるまではずっと洗面所でこのやり取りをしていた。謎に満たされた気持ちになりながら、ハルの家を後にする。 綾人さんからの伝言で、また今度遊びに来てほしいそうだ。 手を繋いで、帰りのタクシーの中でまた少し眠った。

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