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第282話Made me
「夏休み明けて文化祭まで一週間って流石に今年早すぎるよね」
「去年ほど準備は大変じゃないからいいだろ。食品は一番楽だし」
9月に入り、夏休みももう遠い昔のことのようだ。まだ蒸し暑さは残るけれど、日が傾くのも先月よりずっと早くなっていた。
今日は文化祭の前日準備。授業はなく、各々のクラスが出し物の準備を一日中行っている。
うちのクラスの男装女装喫茶は食品の発注、そしてダンボールでの外装内装作りだけだったから昨日の前々日準備のうちに殆どが終わっていた。
クラスの雰囲気に特に変わりはない。俺達の存在も溶け込むようになっていた。
『衣装届きました〜ギリギリになっちゃったけど、サイズだけ確認してください』
今回衣装は手作りでなく、ネットで注文したものだった。ハルは当初予定していた執事服でなくメイド服を着ることになっている。
「着てくるね」
そう言ってハルが教室の隅で着替え始める。他の男子は小柄の者やクラス内の目立つ者が選ばれていた。親バカではないがどう考えてもハルが一番似合うはずだ。
『かわいい〜』
女子のそんな声がして振り返ると、メイド服に着替えたらしい男子がぞろぞろと並び始めた。
運動部の男子なんかは所々パツパツで見るに堪えないがネタ枠としては正解なのだろう。
その中で皆より頭一つ分抜きん出て背が高く、ロング丈のメイド服を身にまとったハルは異様に目立っていた。
多少のごつさはあるかもしれないが、顔が整っていることによりそれらも全て気にならない。
『小笠原くん似合うね、ウィッグ被ってみて』
「ん、了解」
茶髪のボブカットのウィッグを被ると、ただ背が高い美女にしか見えない。化粧なしでよくもここまで着こなすものだ。
『なあ、遥人ってもしかして普段からそういう…』
『まさか小笠原がソッチなのか?』
周りであらぬ誤解が生まれている気がする。しかしここまで違和感が仕事をしなければそう思うのも仕方が無いだろう。
『双木、もっと近くで見てみろよ。お前の…彼氏?彼女?結構可愛いぞ』
その言葉には嫌味が篭っておらず、俺達の関係を受け入れた上での茶化しだった。他の生徒はどうだか知らないが、少なくともうちのクラスではそういう風潮が生まれつつある。
俺はそれがまるで〝普通〟のカップルを冷やかすそれのように思えて、少し嬉しかった。
「ああ、うん…似合ってる」
「なんか複雑だけど、勇也がそう言ってくれるなら嬉しい」
『聞いた?!今の!』
『双木くんってあんな風に笑うんだ』
『やだ〜もう見せつけないでよ』
ハルが人望のある生徒で逆に良かったのかもしれない。だからこそ受け入れて貰えやすいのもあるのだろう。普通なら、人望を失って村八分のようにされてもおかしくはない。元々このクラスの人間は心が広いのかもしれないが。
『双木もメイドやればよかったのに、意外と似合いそう』
『確かに、双木も美人って感じするよな』
「俺は、調理専門だし…」
どこからともなくハルの鋭い視線を感じ、すぐに否定をする。そもそも俺はもう二度と人前で女装なんて恥ずかしいことはしたくない。
『まあ仕方ないか』
『双木はやっぱり遥人と文化祭回るの?』
そう聞かれてハルの方を見ると、にっこり笑って頷いているのがわかった。
「そのつもり、だけど…」
『やっぱそうだよな、ちゃんとシフト調整するし二人で楽しんでこいよ』
『もし他のクラスの人に何か言われたら私達が守ってあげるから!』
守ってあげると言われるのもなんだか変な感じがするけれど、善意からそう言ってくれることが何よりも嬉しかった。
もちろん全員が快く思っている訳では無いだろう。被害者の会の女子らのように、このクラスの中にもハルに好意を寄せている人間がいたはずだ。
確かに、好きだった相手の好きな相手が同性だと分かってしまったらショックはまた別のものになるだろう。
そう思うと俺もあまり堂々とすることはできなかった。
「勇也、今年は写真いっぱい撮ろうね」
「まずメイド服を脱げお前は」
着々と準備は進み、完全下校の時間になる頃には内装、外装共に完成していた。これであとは明日の文化祭本番を迎えるだけだ。
自分の担当する調理に関しては、生徒が手を出せる範囲が限られているからそう難しいことは何も無い。簡易的なクレープやパンケーキ、ドリンクなどの提供だけで済む。去年とは違ってクラスの出し物に参加するのも、高校生らしくてなんだか胸が躍るような気持ちだった。
こうして普通の高校生として生活を送っていくのが、やっぱり俺は好きだ。というか、ずっと憧れていたのかもしれない。
それでハルとも一緒に過ごせるのなら充分幸せだ。自分が恵まれ過ぎているのではと時々不安になることもある。
そういう時に限って何を察したのかハルが抱きしめてくれることもあった。
この温もりをずっと自分のものにしていたい。
もうすぐ文化祭が幕を開けようとしていた。
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