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第284話Made me③

辛い。廊下ですれ違う人間の視線が刺さる。当たり前だ。近くで見たら俺なんて男だってバレバレだし、俺は本当に女装癖のある変態だと思われているに違いない。 かと言って教室に入っていくのも怖い。あれだけ似合っているハルに並ぶ自信が無いし、大体なんであいつだけロングスカートなんだ。 『ちょっときみ、二年生?それは違反じゃないか』 教室の前に佇んでいると後ろから聞こえたのは体育教師の声だった。いつも生活指導で俺の服装を注意してくる面倒くさい奴だったが、まさかこんな時まで注意をうけるとは。一体俺が何をしたというのか。 『ダメだよ、女子のそういった異装は今年から禁止になっただろ?』 「…男だけど」 体育教師は目をぱちくりさせる。そして俺の顔を凝視した後、驚いたように息を引いた。 『あれ、まさかきみ…双木じゃ』 これ以上周りの視線を集めないよう、その教師を振り切って教室の中へ逃げ込んだ。 しかし、教室へ入るとそこにいた客とうちのクラスの人間の視線を一気に集めてしまった。 「ゆう、や…?」 一瞬流れた沈黙を破ったのはメイド姿の良く似合う自分の恋人で、大きな目を見開いて固まっていた。 今の俺の格好というのは、フリルの着いたミニスカートのメイド服を着て、さらに脚には白のニーハイソックスを履いているのだ。 しかもジュリエットの金髪ウィッグは何故かツーサイドアップにされている。 この年で男なのになぜ白のニーハイという高度なアイテムを身につけなければならないのだろう。確かに脚は隠したかったがそういう事じゃない。 短いスカートの裾をきゅっと掴んで、恥ずかしさのあまり顔を上げられなかった。 『か、かわいい…』 誰かがそうポツリと零した。そうすると、次第に周りがざわつき始める。 『あれ、男だよな?』 『去年のジュリエットに似てない?』 『もしかしてあれ双木くんなの?』 『まさか、そんなわけないでしょ!』 可愛いと言われたところで複雑な気持ちになるだけだし、俺だと分かってしまうのが恥ずかしい。顔を未だに上げられずにいると、先程の執事姿をした女子が俺の肩を軽く叩いた。 『双木くん、とりあえず「お帰りなさいませご主人様」でよろしく』 まじかお前。正気なのか、正気で言っているのか。しかも今俺の名前が呼ばれたせいで更に周りは騒がしくなってしまった。 こうなったらもうヤケになるしかないのだろうか。 「お、かえり…なさいませ、ご主人…さま」 顔を真っ赤にしながらおずおずとそう口にする。人前で女装してこんなことを言うのは恥ずかしい以外の何も感じないが、ハルにいつもされていることと比べるとどうなのだろう。 周りの反応を恐れていると、近くの席の客から呼び止められた。 『なあ、本当にF組の双木?』 「そうだけど…なんか文句あるかよ」 『いや、そういうのじゃなくてさ…すげえ似合ってるから、ちょっと写真撮らせてほしいんだけど』 スマートフォンを向けられ、どうすればいいのか分からずたじろぐ。その撮った写真をどうするつもりなのだろう。 「馬鹿にしたいだけならそういうのは…」 『いや、本当にその…可愛いからさ』 「はぁ…?」 言っている意味が分からず立ち尽くしていると、ずんずんとこちらにハルがやって来てその生徒の手首を掴む。 「この子は写真NGなんで、撮るなら私と撮りましょう?」 自然に出ているハルの女のような喋り方に俺が呆然としていると、手を掴まれた生徒は痛みに顔をゆがめ始めた。 『痛い痛い!…お前、小笠原か。ごめんって、いいじゃんちょっとくらい』 「私じゃ不満ですか…?」 『そ、そういう、わけじゃないけど…』 ハルは半ば強引に写真を撮ってさっさとスマートフォンを持ち主に返してしまった。 「勇也、あとでちょっと話あるから」 すれ違いざまに耳元でそう言われ冷や汗が伝う。あれは怒っているのだろうか。 『双木くん、接客は笑顔で丁寧によろしくね。暴力振っちゃだめだからね』 「暴力なんて振るわねえよ…」 未だに周りからの視線が刺さっている。みんな心の中で馬鹿にしているんだ。ハルの方がずっと可愛いのにどうして俺なんかがこんな格好をしなければならないのだろう。 「あの…注文」 『このミックスジュース二つお願いします』 『おい、あれやってもらえよ』 『え〜怒られねえかな』 何やらこそこそと話しているので、催促するように舌打ちをしてしまった。 『あ、あの…萌え萌えキュンってお願いできますか』 「は…?燃え…?」 『ジュース持ってくるときでいいから!』 なんの呪文なんだと思いながら、手隙に見えたハルにこっそりと声をかける。 「なあ、ハル…聞きてぇことあんだけど」 「…可愛い」 「話聞いてんのか」 「…聞いてるよ、大丈夫」 萌え萌えキュンとは何かとハルに訊ねると、あそこでやっていると指をさされた。 そこでは、メイド服を身にまとった野球部員が手でハートマークを作ってその呪文とやらを唱えている。 「げ…あれやらないとダメなのか」 「勇也やるの?!俺も見てる時にやってね、変なところ触られたりしたらちゃんと言うんだよ」 「触られねえよ」 ジュースを取りに行き女子から渡された手書きのマニュアルを眺めると、そこにはその呪文の言い方などが事細かに記されている。 こんな恥ずかしいことをするのかと憂鬱になりながらも、テーブルにジュースを運びに行った。

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