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第285話Made me④
「ミックスジュース…っす」
乱雑にコップに入ったミックスジュースを置くと、その客の生徒は肩をビクリと震わせた後に期待を孕んだ目で見つめてきた。
『あの…萌え萌えキュンを…』
「うるせぇ!…今やるから…大人しく待ってろ」
『双木くん言葉遣い気をつけて』
女子から言葉遣いを注意され、改めて客に向き合う。マニュアルを見つつ、そこに書いてある通りのことを喋った。
「これから…このジュースに美味しくなる魔法をかけさせて…いただきます。ご、ご主人様もご一緒に…お願いします」
ここまで言うのも一苦労だ。心做しか教室中の視線がここへ集まっているような気がして妙にやりづらい。
やっぱり中々言えなくて、女子の方に助けを求めようと視線を送ると「頑張って」と口パクで言われるだけだった。
その際ハルが目をしっかりと開いて俺の方をじっと見つめているのが見えた。もうやるしかないのだろうか、両手で小さくハートマークを作り、俯きがちにその呪文を声にする。
「お…おいしくなぁれ、萌え萌え…きゅん?」
おずおずとその手のハートをジュースに向けて差し出すが、これで合っているのかどうか分からず首を傾げる。教室内が一瞬静かになったから、もしかしたらなにか間違えてしまったのかもしれない。
「それではどうぞ…召し上がれ」
マニュアルの最後まで言い切り、恥ずかしくなって俯く。すると、その客である生徒にがっしりと手を握られた。
『お、俺…これから双木のこと推してもいいかな?』
「は…?押すってなにを…」
「はいはいはいそこまで〜うちはお触り禁止ですよ?」
ハルが横から割って入り手を離させる。背中からなんとなく怒っているのが分かるが、何がそんなに気に食わなかったのだろう。
「後ろも詰まってるのでさっさと飲んでくださいね。あと私、同担断固拒否なんで」
「ハル、どうたんって…?」
「勇也はこれ以降萌え萌えキュン禁止ね」
そう言うと教室内にブーイングが起こったが、ハルが睨みを利かせたことによりそれもすぐに収まった。女装しているとはいえ、相変わらず怒った時の眼光は鋭く冷たい。
「さっきまで勇也も調理やってたし、吹奏楽部もそろそろ戻ってくるでしょ?俺と勇也で休憩行っていい?」
『ああ、うんいいけど…でも顔のいい二人がいなくなったらちょっと』
「いいよね?」
『う、うん…わかった』
前までの猫を被っていたハルなら女子にこんな圧力をかけたりしないだろう。けれど本人も吹っ切れているせいか、素を隠すことなく接している。
「じゃあ休憩入りまーす、ご主人様方はまた後で」
手を引かれて教室を後にすると、教室の方からは冷やかすような声やわざとらしい口笛が聞こえてきた。それに恥ずかしくなりながらも、どんどん先へ進んでいくハルを呼び止める。
「ハル…どこ行くつもりで…」
「とりあえず人がいないところ」
俺たちはお互いこんな格好をして廊下を歩いているから、死ぬほど目立っている。
俺の金髪はただでさえ目立つし、ハルも身長とその美貌のせいで人目を引きつけてしまう。オマケに女装でメイド服だ。俺達の関係も相まって周りがざわつくのには充分すぎる条件が揃っていた。
そのまま一階の方へやってくると、人気の少ない保健室のドアをハルが開く。どうやら中に人はいないようだった。
カギは閉めずドアだけを閉じ、そのままベッド付近まで連れていかれる。
「良かった、ここに人いなくて」
「お前何考えて…!ここ、学校だし、文化祭なのに…この変態!」
「変態…?へぇ、勇也はナニ考えてたの?」
「え、いや、だって…」
つい言ってしまったが、ハルのことだからそういうつもりなのかと思っていた。これが違っていたならまるで自分がそれを期待していたみたいではないか。
熱くなった顔を俯かせてスカートを握りしめる。
「ウィッグ邪魔だから外すよ」
「あ…おい、勝手に…」
ウィッグが外され、乱れた俺の髪をハルが手ぐしで整える。ハルの顔は近くで見ると本当に綺麗で、メイクまでしているからハルじゃないみたいでどきまぎしてしまう。
「なんで目合わせてくれないの?」
「なんか、お前じゃないみたいで…」
「あぁ、まあ勇也も童貞だもんね。やっぱり俺の女装ってそんなに可愛い?」
「うるせえ!お前のその自信はどっから来るんだよ」
そうは言ったものの、ハルは鏡を見れば自分の美しさくらい嫌でもわかるだろう。その自信を持っているところでさえ俺は好きなのだと思うと自分に呆れてしまう。
「勇也だって凄く可愛いんだよ?分かってんの?分かってないからああやって他の人間を誘惑しちゃうんでしょ」
「はぁ?誘惑ってなんだよ、意味わかんねえ」
「こんなもの履いちゃってさぁ…」
そう言ってハルは俺をベッドに倒し、脚に手を滑らせる。そのままニーハイと太ももの隙間に手を差し込んだ。
「なに、すんだ…バカ、そんなとこ」
「あそこにいた男全員が勇也のことそういう目で見てたらどうすんの」
「そんなのお前じゃあるまいし…大体お前の方が似合ってるだろ」
「勇也はもっと自分の可愛さ自覚しなきゃダメだよ」
首元にハルがキスをすると、いつもとは違って唇がベタついている感触がする。
「お前、なんか口に塗ってんの」
「勇也は今日つけてないの?」
「ハルが…嫌がると思って」
ジュリエットでメイクされた時も、ハルがわざわざ用意した新品のリップを付けさせられた。だから女子がリップを塗るのをわざわざ断わったというのに、ハルは自分の時だけ気にしないのだろうか。
俺だって、たかが間接キスとはいえ嫌なのに。傷んだ胸を押さえつけるように、服の胸元をぎゅっと握りしめた。
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