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第286話Made me⑤
「俺が付けてんの、去年勇也が使ったやつ」
「え…」
「嫉妬した?」
「…別に、そんなんじゃねえし」
嫉妬してしまった自分が恥ずかしい。ハルは自身もベッドの上にのし上がって距離を詰めてくる。
「勇也にも塗ってあげようか」
「いいって…」
そう言ったのを聞いていなかったのか、ハルはポケットから口紅を取り出す。
俺に塗るのかと思いきや、自身の唇にそれを塗り始めた。その仕草が妙に色っぽくて思わず目を逸らしてしまう。
「勇也、こっち向いて」
顎を掴まれてハルの方を向かされ、その綺麗な顔が近寄ってくる。避けようとしても頭を押さえつけられ、無理矢理に触れるだけのキスをされた。
「やっぱり勇也は、赤が良く似合うね」
なんのことかと思ったが、ハルの唇についていた赤いリップが俺の唇に移ったのだ。それを理解した瞬間さらに顔は熱くなっていく。
「ぁ…ハル、待って」
「待たない。何俺以外の男に手なんて握らせてんの」
「だってあれは…ごめん、ハル…違うから、許して」
「そんなに怒ってないから怖がらないで、イイことしよう」
イイことと言われたって、学校でするなんて悪いことに決まっている。
近づいてきたハルから、ふわりと香水の匂いがした。
「お前、また香水つけてるだろ…!」
「え?ああ、女装するしいいかなと思って」
「その、匂い…いやだ」
頭がクラクラする。この匂いを嗅げば思い出すのは情事中のことばかり。それを察したハルは更に近づいて俺を胸に抱きしめる。
その香りはより一層濃くなって、条件反射のように体が熱くなった。ハルに愛撫されているのが鮮明に思い出されて、それに耐えようと体が震え始める。
「あ…っはる、だめ…だ、こんなとこで」
「勇也、パブロフの犬って知ってる?」
「なんで、今そんな…」
聞いたことはある。犬にベルを鳴らしてからエサを与え続け、その結果犬はベルの音を聞いただけで唾液を分泌するようになったという条件反射の実験のことだ。
それが今どうして急に出てきたのかわからず、ハルの方を見上げる。
「今までずっと俺は、これで勇也のこと訓練してたんだ」
「くん、れん…?」
「いつもセックスするときこの香水付けてたから、体がそうやって覚えてるはずだよ。今、ここに欲しくて仕方ないでしょ?」
全身に熱が集まる。確かに事に及ぶ時はいつもこの匂いがしていた。それは偶然ではなく、ハルが仕組んだものだったのだ。
言われれば余計に意識は高まり、体が勝手に疼き始める。ハルから離れようにも体が言うことを聞かず、ハルの背中に縋り付いて自分の体をハルに擦り付けるように抱きしめた。
「やだ…あっ…だめ、なのに…クソッ!」
「どうして欲しいの?…ねえ、勇也」
「耳…なまえ、やだ…」
ハルに耳元で名前を囁かれると、ゾクゾクと背中に何かが這うような感覚に陥る。腰に回されたハルの手の僅かな感触でさえ気持ちがいい。
「待っ…こんな、かっこ…いやだ」
「せっかくなんだから着たままでいいじゃん。衣装汚すとまずいから今日は触るだけ…ね?」
「でも、誰か来たら…あっ」
ベッドの上に手をつかされ四つん這いになる。下着なんていつも見られ慣れているのに、スカートがめくれてその中が見えるとなると嫌に恥ずかしかった。
「ワセリンあったからこれ使っていいかな」
「なに、して…やっ、あ、あぁ…っ!」
下着を脱がさずにずらして後ろに指が入ってくる。いきなりそんな所を責められるとは思っていなかったから、つい大きな声を出してしまった。
いくら今ここに養護教諭がいないとはいえいつ戻ってくるかも分からないし、生徒が来たっておかしくはない。
あるのは鍵のかかっていないドアと、ベッドを囲って閉められたカーテン一枚だけだ。
「やだ、はる…あっ、誰か来たら、どうすんだよ…」
「そうだねぇ、誰か来ちゃうかもね?じゃあやめた方がいい?」
今やめられたら絶対にもどかしさでどうにかなってしまう。かといってやめないで欲しいなんて自分の口からは死んでも言えないから、力なく首を横に振った。
「勇也、誰かに見られると興奮するんでしょ」
「しな…い、ばか!それはお前だろ、へんたい…」
「こんな姿見られたら恥ずかしいもんね」
もしも誰かにこんな格好でこんなことをしている所を見られてしまったら。そう考えると、何故か俺の体は火照って熱を増してしまうのだった。
「今締まったね、人に見られるところ想像して興奮しちゃった?」
「ちが、う…ちが…あっ」
シーツをきつく掴んで快感に耐えていると、保健室のドアがガラガラと開けられる音がした。
咄嗟に声を抑えるが、ハルは指の動きを止める兆しを見せない。
『失礼します…先生いますか?あれ…いないのかな』
声から察するに中へ入ってきたのは男子生徒一人のようだ。カーテンを挟んですぐそこに人がいるという事実に、俺の心臓は破裂しそうなくらいにがなりたて始めた。
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