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第293話Acknowledge②

こんなの怖くなんてない。そのはずなのに体が動かなくて、いとも簡単に羽交い締めにされてしまった。 「双木先輩!なにやってんすか!早く抵抗してください!」 「わ、わかって…わかってる。大丈夫だ…大丈夫」 おかしいくらいに汗が吹き出る。舐め回すような視線が耐えられない。気づけば脚がガクガクと震え始めていた。 「どうしちゃったんですか!…ックソ、手のかかる人ですね本当に」 朝比奈が助けに入ろうと足を踏み出したその時、俺の首筋に冷たいものが当たった。それがナイフだと分かると、朝比奈は途端に動けなくなってしまう。 そんな朝比奈のことをまた二人がかりで羽交い締めにし、腹に何度も蹴りを入れた。 楽しむように動けない朝比奈の顔を殴り、地面に膝をつかせて頭を掴んでいる。 自分のせいでこんなことになっていることが、とても耐えられない。 「朝比奈…朝比奈!やめろ、やめ…」 『おっと、朝比奈泰生は抵抗すんなよ?抵抗すればこいつの綺麗な顔に傷ができるぜ』 「朝比奈!そんなこと気にしなくていい!顔くらい傷つけたって…」 朝比奈は悔しそうに相手を睨みつけながら、黙ったまま好き勝手に殴られる。 こんなの駄目だ。俺が、俺がなんとかしないと。 そう思っているのに、気味悪く体を撫で回すこの手が恐ろしくて動くことができなかった。 ナイフはもう仕舞われたが、朝比奈は既に動ける状態じゃない。 『双木は俺達と楽しいことしようなぁ?』 「い、やだ…」 『小笠原のオンナになったんだから、相当仕込まれてるんだろ?毎晩ヤリまくりか?』 「うるさい…やめろ!」 ようやく動いた体で身をよじって手を上げようとすると、朝比奈の腹部へ再び重い蹴りが入れられた。苦しそうに顔を歪める朝比奈に、血の気が引いていく。 『お前が抵抗すればあの一年も酷い目にあうからな、よく覚えとけ』 「大丈夫です…先輩…だから、逃げてください」 『やれ』 『…すみません、朝比奈さん!』 「う゛っ…あ…クソ、汚い手で、その人に触るな! 」 もうやめてくれ。自分が傷つくよりも、自分のせいで誰かが傷つくことが一番辛かった。 抵抗を諦めた俺のブラウスに手が伸びてきて、ボタンが外されていく。 「先輩…双木先輩…!あ゛…っ」 『大人しく見てろ、こいつが俺達に輪姦されるところ』 無理矢理に衣装を破かれ、体の上を手が滑ってゆく。気持ちとは裏腹に勝手に反応を示し震える体が気持ち悪くて仕方がなかった。 仮に抵抗して抜け出せたとしても、次に捕まるまでに朝比奈を助け出せる確証がない。 この人数相手では無理だ。最初からもっと疑っていれば良かったものを。 全部、俺のせいだ。 『もっと声出るだろ。我慢すんなよ、なぁ』 「んっ…ぐ…うう…」 『やっとこの前の続きできるな、皆楽しみにしてたんだぜ?』 『そうそう、こいつなんてずっとユウコちゃんのことオカズにしてんだから』 『あーこれ小笠原遥人に見せてやりてぇわ』 気持ち悪い。触らないでくれ、それ以上。この体はハルのものなんだ。好きにしていいのはハルだけなんだ。 ふと、なにかの影が見えた気がした。そして一秒と間を置かずに目の前の人間が吹っ飛んでいった。何が起こったのかはわからない。 けれど心のどこかで確信はあった。 「へぇ、俺に見せてどうしたいの?次こそ本当に死にたい?」 その聞き慣れた愛しい声が耳を通り、次の瞬間には掴まれていた拘束が解けて体が自由になる。 そこからは何も考えていなかった。考え無しに朝比奈を押さえつけていた奴の顎を蹴り上げる。 なんとか逃げ切った朝比奈は、自分もボロボロだと言うのに相手へ立ち向かった。 意表を突かれて戸惑っている残りの者達も三人で片付ける。何人かは逃げられずにその場で怯えながら伸びていた。 「二度と顔を見せるな。次なんてねぇけど、次顔見せたら本当に殺すからな」 ハルがそう吐き捨てると、皆へっぴり腰になりながら慌ただしくこの場を去っていった。 この一瞬の出来事のショックで腰が抜けてその場にへたり込む。 「…あーあ、生かして帰しちゃった。でも勇也のためにもこの手を血で汚すわけにはいかないからねぇ」 ボソリと恐ろしいことを呟いているハルの足元で、全ての感情が入り交じって涙を零した。 「ごめん…ごめん、朝比奈も、ハルも…」 「本当になにやってんの…二人とも」 その冷たい声に、体を縮こまらせて怯えたように震える。 すぐ近くで傷を押さえて蹲っていた朝比奈も、同じように恐怖を感じた表情をして黙っていた。 「…嘘だよ。二人とも、本当にごめんね」 深く息を吐いたハルは、俺と朝比奈の二人を同時に腕に抱き締めた。それはもう、苦しくて息ができないくらいに。 その時、朝比奈も困惑したように泣きそうな表情をした。堪えているようだが、本当に今にも泣きだしそうだ。 「だって、俺…お前に黙ってて、人数見くびってたし…朝比奈に、怪我させて」 「確かに俺に黙ってたことは怒ってるよ。男達にいいようにされてたのも…けどそれは勇也のせいじゃない。怖い思いさせてごめん」 「僕も…ほんとうにごめんなさい。僕のせいで、先輩があんなことに…全然、守れなくて」 「朝比奈くんにも勿論すごく怒ってる。けど、それよりも勇也を守ろうとしてくれてありがとう。傷まで負わせてごめんね」 ハルじゃないみたいな優しい言葉に、俺と朝比奈は何も言えないまま悔しさで身を震わせる。 その間、ハルはずっと宥めるように俺達を腕に抱きしめていてくれた。

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