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第294話Acknowledge③

俺がようやく落ち着き始めた頃、ハルはそっと手を離して微笑んだ。 「二人とも、大丈夫?」 「大丈夫です…すみません」 俺はうまく声が出せなくて、俯いたまま小さく頷く。 「こんなこと聞くの野暮だって分かってんですけど…小笠原さん、メイド服着てないんすね」 「え?ああ、流石にあの格好でウロウロしてたら目立つしね。残念だった?」 「いや、そういう訳じゃないっすけど…手を煩わせてしまってすみませんでした」 「いいんだよ、俺も滝川くんがここを教えてくれ無かったらきっと間に合ってなかったから」 ハルにこの場所を教えたのは滝川だったようだ。確かに滝川の貧弱な体では到底喧嘩など出来そうにない。それでハルを見つけて呼んでくるというのは賢明な判断と言えるだろう。 「勇也が不良達連れてどっか行ったっていうのは聞いてたんだけど、どこに行ったかまでは滝川くんに聞くまで分からなくて…遅くなってごめん」 「小笠原さんは何も悪くないです…本当に、何も。僕が不甲斐ないばかりに」 本当は全部俺のせいなのに。どうして二人ばかりそんなに自分を責めるのだろう。 悔しかった、あの時何もできずに動けなかったことが。 「あの…本当は、双木先輩のアフターケアは小笠原さんがするべきだって分かってます。けど…その前に僕と双木先輩で話をさせて貰えませんか。話したいことがあるんです」 「…本当はダメと言いたいところだけど、それは俺が決めることじゃないからね。勇也、どうする?俺席外しても大丈夫かな」 また声も出せず頷く。本当は少し心細かった。ハルは俺の頭を撫でてから、自身がTシャツの上に着ていたワイシャツを脱いで俺に羽織らせる。 それをぎゅっと握って、遠ざかるハルの足音を聞いていた。 「ごめんなさい、双木先輩」 「…お前が、お前が謝ることじゃない。お前も…ハルも何も悪くないだろ。悪いのは俺の方だ」 「誰にも言わず一人で片付けようとしてたのは、確かに先輩の悪いところだと思います。小笠原さんがそのことでぶちギレないか僕がヒヤヒヤしましたよ」 「…ごめん」 ただそれしか言えない。その言葉だけじゃ何も拭うことが出来ないのだとよく知っているのに。 「いいんですよ。手がかかるなんて言ったけど、本当は僕が勝手に先輩のこと守りたいと思っただけですから。それなのに何も出来なかったの、ほんとカッコ悪くて…」 「あの時俺がちゃんと動けてれば、お前は怪我しなかったんだ」 「怪我って、こんなの現役の時に比べたら大したことないですよ。先輩は怪我してませんか?」 「大したことないって…俺のせいだろ。悪かった、本当に」 朝比奈は、俺の顔が傷つけられないようにという選択をした。そこにどういう考えがあったにせよ、俺がそうさせてしまったことに変わりはない。 「僕は先輩の顔が傷つけられるのも、先輩があの男達に弄ばれるのも嫌でした。だからそのためだと思えばいいんです…先輩だって僕なんか気にせず逃げればよかったのに」 「俺のせいで朝比奈が傷つくなんておかしいだろ。だから…耐えられると、思った」 「なんの根拠があるのか知らねぇですけど、無理しないでください。泣きそうだったくせに」 そう言われると言い返せない。怖かったのは事実だ。初めてあいつらに乱暴にされた時のこと、父親のこと、いろんな記憶が一斉に恐怖となって自分に襲いかかってきた。 だからといって、それが朝比奈をあんな目に遭わせていい理由にはならない。 「…どうしてお前はあそこまでしたんだ?」 「それ、そのままそっくりお返ししますよ。どういうつもりで僕のことなんか心配して抵抗やめるんですか」 「だってお前は…大事な、後輩だから」 そうとしか言えない。けれど朝比奈はどこか不服そうだった。その答えに、納得がいかないらしい。 「分かってます。僕が先輩の中でただの後輩っていうポジションだってこと」 「だから、大事な後輩だって」 「そうじゃないんですよ…僕の中であんたは、ただの大事な先輩じゃないです」 「え…それって、つまりどういう」 鈍いなぁとため息をつかれ、朝比奈が項垂れる。そう言えば花火大会の時も朝比奈が何かを言いかけていた気がするが、それと何か関係があるのだろうか。 「こんな時にこんな流れで言うのも癪なんですけど」 「な、なんだよ…言いたくねぇなら別に…」 「僕は…あなたが、双木先輩が好きです」 その言葉にキョトンとしてしまう。それがそれほど重要な内容に聞こえなかったから、つい緊張感が解けてしまった。 「…ああ、俺もまあ、好きだけど」 「そういうことじゃねえ!」 「はぁ?!じゃあどういうことだよ!」 「だから!僕があなたに嫌がらせだって言ってキスしたのも、家に泊めたのも…全部先輩が好きだからなんです!」 好きだからキスをした。好きだから家に泊めた。その意味を徐々に理解し始めた俺は、ついつい顔を赤く染めていってしまった。 「え…と、それはつまり、勘違いじゃなければ…俺のこと好きってことか」 「だからさっきからそう言ってるだろうが…あー本当に調子狂うわ」 「で、でも…俺には…ハルが」 「分かってる……分かってますよ、そんなん最初から」 朝比奈が俯けば、長い前髪が垂れて目が見えなくなる。 朝比奈、今お前はどんな表情をしているんだ。 今までお前は、どんな気持ちで俺達を見ていたんだ。 そんなこととても残酷すぎて、聞けやしなかった。

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