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第295話Acknowledge④

一体俺は、朝比奈になんと声をかけるのが正解なのだろう。ごめんと謝るべきだろうか。違う、そんな言葉だけで済まされるものじゃない。 去年もそういうことがあったけれど、今回は訳が少し違った。俺は自分のことを好きなその相手とキスまでしてしまったのだから。 ということは、あの花火大会の時もそういうことだったのだろうか。俺はその気持ちに気づけずにきっと朝比奈を傷付けた。 「…何をそんなに気に病んでるのかしらねぇっすけど、変に謝ったりしたら怒りますよ」 「だって俺…お前のこと、全然考えられてなくて…気持ち踏みにじるようなこと」 「べっつに踏みにじられてませんけどぉ〜」 イラついたように足を踏み鳴らし、傷に響いたのか痛がり始めてまたそれにイラついているようだ。 そんな朝比奈に大丈夫かと伸ばした手を、俺はすぐに引っ込めてしまった。 「俺…お前の気持ち、知らなかったから。だからそういうの気にしないで、無神経なことばっか言って」 「だーかーらーそういうのうぜえって言ってんです」 「だって、だってお前俺のこと嫌いなんじゃ…」 「はぁ〜?嫌いではないって言いましたよね何度も!ていうか好きだっつーのばーーか!!!」 二度目の告白に、お互い顔を赤らめて黙ってしまった。痺れを切らしたように朝比奈が顔を背けたままボソボソと呟く。 「…好きって気持ちまで否定されたら、流石にちょっとヘコむんですけど」 「お前…そういうとこは可愛いよな」 「はぁ?!い、い、意味わかんねぇし!嬉しくともなんともねぇんですけど?」 「悪かったって…ほんとに」 謝るのが酷なのだってよく分かってる。けれど、それでも謝らずにはいられなかった。 好きな気持ちを否定されるのが辛いのは当たり前なんだ。自分だってそうだ。 「とりあえず、返事だけもらってもいいですか」 「へ、返事って」 「それくらい分かるでしょうが…一回ちゃんと振られないと気持ちに区切りつかないんです」 「…俺には、こ、恋人がいるので、無理…です。ごめんなさい」 返事がこれで合っているのかわからない。改めてハルのことを恋人だと他人に言うのはこそばゆい心持ちがした。 「はぁ…まあそりゃ分かってはいたんですけど、結構クるなこれ。あ、また謝ったら怒りますよ」 「…なんて、言ったらいいのか分かんねえんだ。慣れてなくて」 「慣れられてたまるかよ。あんた、僕のこと嫉妬で殺す気ですか」 呆れたように朝比奈がそう言う。嫉妬なんて言われても意味がよくわからないし、なぜそうなるのだろう。俺はちゃんと朝比奈を振ったはずなのに。 「なんで、お前が嫉妬なんか…」 「先輩は天然なんですか、それ。好きな人が他のやつから好意を寄せられてたら嫉妬するだろ」 「ああ、まぁ…うん」 「今小笠原さんのこと考えましたね。あーうぜぇ」 開き直ったのかなんなのか、脱力してイラつきを露わにする。乱暴に血を拭う口元の傷が痛々しかった。 「怪我…ごめんな、ちゃんと保健室行けよ」 「双木先輩を守るためにできた傷です。まぁ、守りきれなかったんですけど」 「…ほんと、ごめん」 また謝ってしまった俺の額を朝比奈が指で弾く。突然のデコピンに動揺せざるを得ない。しかも結構痛かった。 「謝るなっつーの。ゴメンじゃないでしょ、こういう時はなんて言うんですか」 「その…守ろうとしてくれて、ありが…と」 「…よく出来ました」 そう言ってふっと微笑みながら俺の髪を無造作に掻き混ぜた。年下に撫でられる妙な感覚についどぎまぎしてしまう。 伸びをした朝比奈は、傷を庇いながら立ち上がってどこかへ向かおうとする。 「お、おい朝比奈!どこ行くんだよ」 「保健室です。さっきあんたが行けって言ったんですよ?」 「だからって何も一人で…」 「僕じゃあんたを慰めるのには足りないんです。だから、ちゃんと小笠原さんが慰めてあげてください。どうせそこにいるんでしょ」 ハルがここに?そんなこと思ってもみなかったから、キョロキョロと辺りを咄嗟に見渡す。それらしい姿はないと思っていたが、すぐ後ろの剣道場からハルはひょっこりと顔をだした。 「あれ、バレてたんだ」 「三年も小笠原さんの傍にいたんです。分かりますよ…人の告白を盗み聞きなんて趣味の悪い」 「ごめんごめん、何かあったらすぐに勇也を助け出せるようにしなきゃと思って」 「双木セコムめ」 「誰がセコムだ」 さっきのを聞いてハルはどう思っただろう。それに朝比奈は、どんな気持ちでハルの方が慰めるのは適任だと言ったのだろう。 俺には分からなかった。ただハルの顔を見ると分かりやすく安心してしまう自分が少し恥ずかしい。 「じゃあお二人共後はごゆっくり。僕は滝川にお礼言って保健室で寝てますね」 「あ、ありがと…朝比奈」 背中を見せたまま朝比奈がこちらに手を振る。それは別れの意味を込めたものと言うよりも、何か邪魔なものを払うみたいな手つきだった。 そのまま去るのかと思いきや、一度ピタリと立ち止まって顔だけ俺の方に振り返る。 「僕…別に諦めたとは一言も言ってませんから。好きです、先輩」 朝比奈の真っ直ぐな言葉にどう反応していいか分からなくて、つい顔を赤らめてしまう。好きだと言われると、どうも意識しすぎてしまうようだった。 その後ろで、自分の恋人が面白くなさそうな顔をしているとは露知らず。

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