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第297話Sulk
「ハル…はーる、しつこい」
「しつこくない」
「いい加減にしろ」
「やだ」
文化祭から一週間。今日は俺の誕生日だった。今年はハルと一緒にいたいと零したら、本当に何をするにも引っ付いてくる。流石にトイレは拒否したのだが、常にゼロ距離でいられると生活に支障をきたす。
俺はこんなことを言っているけれど実際満更でもなかった。子犬のように着いてくるハルがだんだん可愛く見えてきてしまい、こうやって言っても離れようとしないのを楽しんでいる。
「お前…ほんとに俺のこと好きだな」
「嬉しいくせに」
「どうだか」
「…ねぇ、誕生日プレゼントあるんだけど」
そう言ったハルに俺は少しムッとして返す。
プレゼントはいらないとハッキリそう言ったはずだった。
「いらねえって言った」
「だって勇也はケーキくれたし…それに、勇也自身のこともプレゼントしてくれたでしょ?」
「あ、あれはプレゼントじゃねえし!」
「どうしても渡したい。ねぇ、ダメ?勇也…」
子犬のように甘えてくるハルに耐えられず、渋々受け取ることを承知した。
「…また高価なもんじゃねえだろうな」
「普通だよ、普通」
「おい、何してんだよ」
「いいからいいから」
ハルは俺の後ろへ回って、首に何かを巻き付けるように手を回す。
「なんだ、これ」
「ネックレス。これくらいの長さならずっと付けてても邪魔にならないし、服の中に入れとけばそんなに見えないから。プラチナだから錆びにくいしね」
「何もついてないんだな、これ」
「うん、シンプルな方が似合うし…それに、またいつか渡したいものがあるからその時に使えるようにと思って」
首にかけられたのはネックレス、というよりネックレスチェーンといったところだろうか。
「勇也、こっち向いて」
「ん…?」
「綺麗だよ、似合ってる」
「…ありがとな、大切にする」
「うん、誕生日おめでとう。愛してるよ」
緩やかに微笑んで頬に手を添えてくる。当たり前のようにそう言ってくれることが心から幸せだと思った。
添えられた手に自分の手を重ねると、自然と唇が引き寄せられる。
夢中でキスをして、いつの間にか息をするのも忘れていた。
「勇也、がっつきすぎ」
「うる、さ…ばか」
「ねえ、今俺のことだけ考えてる?」
「…お前のことしか、考えてねぇよ」
文化祭の日からハルは何度もこうやって確かめてくる。朝比奈とのことが気に食わなかったのだとハル本人が言っていた。
「こんなこと勇也に言うの間違ってるって分かってるんだけど…俺意地悪だからさ」
「なんだよ」
「朝比奈くんと勇也がキスしたの…本当に嫌だった」
ごめんなんて言葉は口から出せなかった。謝ったら、それこそハルを傷付けそうな気がしたのだ。
「朝比奈くんの気持ちを勇也よりも先に俺が知ってたから尚更嫌だったんだと思う。でも、俺が勇也に酷いことをしたからその罰なんだと思ってた」
「ハル…」
「ああ、泣かないで。だから、もうそんな事がないように本当なら勇也をこの家に閉じこめてどこにも出したくない。けどきっと勇也はそれを望んでないから」
すぐに言葉は出なかったが、それでもいいと言いたかった。もうハルしか見ないと誓うから、閉じ込めてでも愛していて欲しかった。
「は、る…それで、いいから…だから、だから…俺のことずっと」
「大丈夫だよ、俺はずっと勇也だけが好きだから」
「俺も、はる、だけ…はるが一番好きだから…おねが、い…行かないで」
「わかってるよ、落ち着いて」
ハルは自身の首元に、俺と全く同じネックレスのチェーンをかける。
それがゆらゆらと煌めいて、つい目を留めてしまった。
「これ、勇也とお揃い。繋がりは目に見えないかもしれないけど、不安になったらこれを目印にして欲しい。代わりに俺もそうする」
「やだ、はる…行かないで、傍に、ずっと」
「どこにも行かないよ。勿論俺がいる時は、こうやって俺が抱きしめるから」
抱き締めてくれたハルの体を離さないようにぎゅっときつく抱きしめ返す。
自分の恋人が気を持たれている相手とキスをしていたという事実はきっと俺が逆の立場なら耐えられない。
自分のしてしまったことの大きさを改めて実感した。
「だからといって、朝比奈くんと関わるななんて言わないから。少し前の俺なら言ってたかもね」
「けど、ハルは…」
「俺のこと好きでいてくれるならいい。無理に安心させろなんて言わないから、俺のこともっと好きになって」
「…そんなんで、いいの」
「いいよ。勇也が俺のことを好きでいてくれれば、俺はそれだけで救われるんだから」
本当にそれだけで、ハルは俺の傍にずっと居てくれるのだろうか。首にかかっているネックレスをぎゅっと握りしめた。
「今は何も心配いらないよ。ちゃんと勇也のこと信じるから、勇也も俺のこと信じて」
「…うん」
ハルは優しくそう言ったけれど、それはどこか圧を感じる物言いだった。
抱きしめ合って何度もキスを繰り返す。
俺達はいつまでも不安定だった。
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