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第298話Hero died
文化祭が終わってからまだ日が経っていないというのに、もうすぐ体育祭が始まってしまう。
あれから特に大きな問題は起きていない。ただ、文化祭が終わった次の週から上杉と真田が学校に来なくなっていた。去年あの二人が喧嘩していたのもこの時期だったと思い返す。
今日もハルと朝比奈に挟まれて気まずい思いをしながら食事をとるのかとため息をついて屋上の扉を開くと、そこには上杉と真田の姿があった。
「双木か…久しぶり」
「お、おう…久しぶりだな」
「俺も聡志も、家のことで少々色々あってな…お互いの事情は詳しく知らないから情報交換していたところだ」
ハルは無言でさも当たり前のように俺に後ろから抱きついて着いてきている。
邪魔だからやめろと言っているのだが最近慣れてきてしまった。
「あーなんか最近やっと落ち着いたって父さんが言ってた。亡くなったんでしょ、あの武田っておじいさん」
前までよく名前を耳にしていた例の武田という組の頭が亡くなった。その事実を俺は今日初めて知った。
「ああ、元々病気だったそうだ。自分が手をかけることにならなくて良かっただとか何だとか、うちの父親も言っていたな」
「結構父さんもその件で大変だったみたいだしね、俺も知ったのつい最近だけど。上杉さんがずっと影で守っててくれたんでしょ、ありがとね」
「伝えておこう。それより、お前達と朝比奈は大丈夫だったのか?文化祭のあの日、助太刀できなくてすまなかった」
もうすっかり自分の中で無かったことにしていたが、上杉はまだその時のことを気にしていたようだった。滝川はハルだけでなく上杉にも声をかけたらしいのだ。
「……そうやってまた逃げるのかよ」
俺が上杉に大丈夫だと答える前に、真田がぽつりとそう零した。明らかに様子がいつもとは違う。
「真田、上杉がした選択は間違ってねえよ。なんでも喧嘩で解決すりゃあいいってもんじゃねえ、お前もよくわかってるだろ」
「そうだよ、分かってるよ!…ごめん、なんか」
「…聡志、なんかあったの?変じゃないさっきからずっと」
ハルにそう指摘された真田は黙って俯いてしまう。しんと静けさが訪れたところで、屋上に朝比奈がやって来た。
「…なんですかこの雰囲気、僕入ってきたらまずかったですか?」
その朝比奈の姿を見て、皆が驚く。
長かった襟足が切られ、短くなっている。そのおかげで耳についたピアスは丸見えだ。
相変わらず前髪は鬱陶しいままだが、髪全体真っ赤に染められていた。その真っ赤になった長い前髪をかきあげながらようやく俺たちの驚いた意味に気づいたらしい。
「あー…これは、なんていうか気分転換です」
「校則大丈夫なのか、お前それ」
「えっ、双木先輩にだけは言われたくないんですけど?」
「朝比奈くん…失恋して髪切るなんて随分女々しいことを…」
「ちっげーし!気分転換だって言ってるでしょうが」
上杉に関しては、朝比奈の髪の毛にも驚いていたがそれ以外に何か引っかかる部分があるようだった。
「失恋…?朝比奈、失恋したのか?それは…なんとも言えんな。失恋か…辛かったろう、失恋なんて」
「上杉先輩それわざとなんですか?めちゃくちゃ傷に塩塗られてるんですけど」
「傷?やはりまだ怪我が痛むのか」
「あ〜もういいですよ面倒臭い」
赤くなった髪の毛を乱暴にかいてため息をつく。自分の立場もあるから上杉の言動にはヒヤヒヤさせられる。
「言っておきますけど、小笠原さんの影を追ってるわけじゃないですよ。僕はもう小笠原さんになる必要は無いし、そのままでいいって、言われたから…」
そのままでいい。そう言ったのはきっと俺だ。朝比奈がそれを覚えてくれていて、今こうして自分らしくいられるようになったのが嬉しかった。
「それで、さっきまで何かやってたんですか?上杉先輩と真田先輩が…」
「聡志と謙太くんの家でいろいろゴタゴタがあったみたいでさ、聡志がずっと変なんだよね」
「家のゴタゴタって…」
「あー二人とも親ヤクザだから」
そんな適当な説明でいいのかと思ったが朝比奈はヤクザという言葉だけ聞いて固まってしまった。無理もない。
「まさか、聡志の父親になにかあったのか…?」
「…武田んとこの爺さんが亡くなったあと、そこと絡んでた政界の奴らがなんとかって…矛先がオヤジに向けられて」
ヤクザは政界とも絡みがあるのかとこれまた驚く。それでなぜ真田の父親がそれに巻き込まれてしまったのだろう。
「それで、いま聡志のお父さんはどうしてんの?」
「…一度意識不明の重体になって、今は少し話せる。多分遥人の親父は知ってんだろうけど、それもひた隠しにしてると思う」
「それは、一体いつからなんだ?」
「…夏の終わり頃。その前から何かやってるなとは思ってたんだけど」
真田は柵の上に載せた腕へ顔を埋めた。僅かにすすり泣くような声が聞こえてくる。
「オヤジはさ…絶対、強いから勝てたはずなのに。権力にねじ伏せられて、卑怯な手を使われてやられたんだ。あんなことオヤジが言うなんておかしいんだ…」
「…何と言っていたんだ」
それを聞けるのは、きっとこの場では上杉しかいなかった。あの二人だから、その会話ができる。上杉謙太だから、真田聡志の心の中に踏み入っても受け入れられやすいのだろう。
「弱者は淘汰されていくんだって…優勝劣敗っていうんだってさ。優れた者が勝って劣ったものは負ける…弱肉強食みたいな事なんだって。そんな言い方じゃ、オヤジが弱いみたいじゃん…」
真田が自分の父親に強く憧れていたのを俺はよく知っている。憧れの父親に認められたくて、上杉のようになりたくて強くなろうとしていた。
だからそんなことを言われるのが耐えられなかったのだろう。それで上杉にも逃げるだのなんだのと噛み付いてしまったのかもしれない。
「オヤジは強くて、格好よくてさぁ…ボロボロになったって笑ってるような人だったのに」
「聡志、顔を上げろ。そのままだと後でかぶれる」
よろよろと座り込んだ真田の顔を上げさせ、上杉がハンカチで優しくその涙を拭った。
「どうしてだよ…どうして…もう、オヤジみたいに、強くなるのも無理だ…あんな風になりたかったのに」
「…お前は、どうしたい」
「どうしたい、って、そんな…もう何も」
「お前の言葉で言うんだ。誰の真似がしたいとかそういう事じゃない。お前はどうしたい」
上杉の力強い言葉に真田の涙がピタリと止まる。
「俺は…お前とかオヤジみたいに喧嘩は強くない、けど…強くなって、見返してやりたい…汚い手使った奴らも、昔俺をいじめたらつらも、皆」
「じゃあこれからはそのためにどうすればいいかだけを考えろ、俺も手伝う。お前の父親は弱くなんかない、守るものは全て守っていた。心の強い人だ…お前と同じだな」
上杉が優しくそう微笑みかけた後、ハルが俺と朝比奈の腕を引っ張って顎で外へ出ろと合図をする。
ハルなりに気をつかったのだろう。屋上には上杉と真田の二人だけを残して俺たち三人は踊り場へ腰を下ろした。
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