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第299話Hero died②

昼休みはまだあと三十分残っている。帰ろうかどうか迷ったところで、朝比奈が口を開いた。 「あのお二人…双木先輩と小笠原さんとはまた違う二人だけの世界に入りますよね」 「そうだね…俺達はあれに踏み込めないもん」 「僕には全然話してる内容分からないですけど、上杉先輩だけは他の人が聞けないようなことどんどん聞いていっちゃうって言うか」 「謙太くんは元々空気読めないからねぇ、それが今回みたいな時は逆にいいのかもよ」 朝比奈が生返事をすると、またしんとしてしまう。この三人でいる時がいちばん気まずい。 「…僕にも、そういう人がいたらなって…皆さん見てると思うんです」 「勇也は俺のだからあげないけどね」 朝比奈が呟いた言葉にハルがすぐ噛み付く。こういう会話をされると突っ込むに突っ込めない。 「そういうこと言ってんじゃないんですよ…あんた達はなんか、お互い唯一無二って感じあるじゃないですか」 「そう?そう見える?やっぱり?」 「あーうっぜえ、言わなきゃ良かった」 朝比奈はそう言いながら立ち上がって俺たちの方も振り返らずに階段を下りていく。ハルが変なことを言うからだとハルの方を睨んだが知らん顔をされた。 「いいの朝比奈くん、一緒にご飯食べる人居なくなっちゃうけど」 「…今日は元々滝川に呼ばれてたんですよ。皆さんのところには一応それ伝えて、髪切ったのだけ見てもらおうと思って…どうですか、これ」 朝比奈は明らかに俺に向けて喋っている。これはいくらハルに何か言われようが答えないわけにはいかなかった。 「ああ、似合ってるよ。お前らしくていいんじゃないか」 「…ありがとうございます」 「前髪もう少し切ってもいいんじゃない?鬱陶しいでしょ」 「小笠原さんには聞いてませーん」 相変わらずピアスの空いている舌を見せて、ハルに威嚇してからまた階段を下りていった。 「あーあ、すっかり生意気になっちゃって」 「なんでお前が嬉しそうなんだよ」 「勇也とのことはもちろん許してないけど、別に朝比奈くん自体はそんな嫌いじゃないし」 「…それ、朝比奈本人にも言ってやったら?」 「やだよ、調子乗られたら困るもん」 ハルもハルで相変わらずだ。ハルが朝比奈を許容するのには、ハル自身朝比奈のことを信頼しているからなのかもしれない。 「昼休みのあとなんだったっけ、授業」 「体育祭の予行練習じゃねえの、もうすぐだし」 「めんどくさいなぁ、本番だけ勇也にいいとこちゃんと見せるね」 「本番だけかよ…リレー、ちゃんと走れよ」 俺とハルは体力テストの結果クラス対抗リレーの選手に選ばれた。また、ハルは今年も応援団をやることになっている。そして…俺もハルに巻き込まれて応援団をすることになっていた。 「勇也チアやらないの?」 「やらねぇよ、アホ」 「え〜勇也がチアやってくれないと頑張れない」 「お前だけ応援してやるからちゃんとやれよ」 お前だけだなんて、自分からこんな言葉が出るとは思っていなかった。案の定ハルも少し驚いた顔をしている。 「勇也…俺のこと大好きだね」 「うるせぇ黙れ」 「照れなくていいのに」 「照れてねぇ!」 馬鹿にしてきたハルの頭を叩こうとすると避けられる。何としてでも叩いてやるとハルに掴みかかると、屋上の扉が開いた。その扉が丁度ハルの頭に激突する。 「すまない、いたのか小笠原」 「いたのか、じゃないんだけど?頭悪くなったらどうすんの」 「悪いのは性格だろう。それ以上悪くなられても困るが…」 「それ普通に悪口じゃない?」 ハルと漫才のようなやり取りを繰り広げる上杉の後ろで、泣き腫らした顔の真田が立ち竦んでいた。 「真田…大丈夫か?」 「ああ、皆ごめんな。気ぃ遣わせて」 「聡志はしばらく保健室にいるといい。あまり寝ていないのだろう?」 「うん…ありがとな、謙ちゃん」 ナチュラルに愛称で上杉のことを呼んだ真田の顔はみるみるうちに赤くなり、何故か上杉のことをポカポカと殴り始めた。 「違う違う!今のは違う!」 「叩くな叩くな、分かっている。恥ずかしがらなくてもいつもそう呼んでくれれば…」 「違うっつーの!」 喧嘩しながらも一緒に保健室まで降りていく二人を後ろから見守って、ハルと目を合わせ肩を竦めた。 五時間目の授業では体育祭の予行練習、そして余った時間とHRで進路希望調査の紙を書く時間が設けられた。 期限は体育祭明けの月曜日まで。俺は、未だに一文字も書く事が出来ないでいるのだった。 去年未定で提出をした上杉と真田は何を書いたのだろう。 ハルは、このまま医者を志すのだろうか。 一体俺は、将来何になりたいのだろう。 まだ何も、わからなかった。

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