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第300話Baton

今日は快晴。見事なまでの体育祭日和である。それぞれの組の色をしたクラスTシャツを着て、頭にはハチマキを巻いていた。 去年は雨続きで体育祭が中止になったから、今年が初めての体育祭だ。 「似合ってるよ、かわいい」 「絶対に許さねぇ…なんで、なんで俺がこんな」 応援団の衣装は男子が学ラン、女子はセーラー服と決まっていたのだが、誰かのくだらない提案のせいでそれが逆になってしまった。 どうして秋のイベントでわざわざ二回も女装しなければならないのか意味がわからない。 「応援合戦は学ランだしダンスの間だけなんだから我慢しなよ」 「我慢できるか!こんなの…今回はウィッグもメイクもないし…」 「勇也って意外と女装にこだわりあるの?」 「ねぇよ!そういうことじゃなくて…きついだろ、これで女装なんて」 さすがのハルも地毛にセーラー服となるとかなり浮いている。一応みんなスカートは長めのものをはいてはいるが、こんなのただ笑われるだけだ。 『遥人と姫準備出来たー?』 「誰が姫だ!ふざけんな!」 文化祭でメイド服姿を披露して以降、ジュリエットをやっていたことまで周りに広まり、誰かがふざけて呼んだ姫という愛称が浸透しつつあった。 「行こう姫、もう次赤組の番だよ」 「お前次それ言ったら夕飯抜きな」 「えぇ〜酷い…」 赤組皆で入場し、音楽が流れるとダンスが始まる。リズム感が無いせいでなかなか覚えることが出来なかったのだが、すぐにダンスを覚えたハルが教えてくれたからなんとか今日までにできるようになった。 セーラー服の恥ずかしさに俯きがちになって振りも小さかったけれど、観客席から聞こえる可愛いコールに耐えられない。 今までそんな扱い受けたこともなかったし、校内で注目されるのなんて喧嘩の強さくらいだった。 情けない。この姿を朝比奈や滝川にも見られていると思うともうダメだった。 曲が終わってそそくさと退場する。人の視線が怖い。自分の名前を含んだ歓声が聞こえてくるのが余計恥ずかしかった。 「えーもう脱いじゃうの?写真撮ろうと思ってたのに」 「もう二度と着るかこんなもん」 「今度それ着てシようよ」 「ばっ…バカ!学校でそういうこと言うなアホ」 咄嗟にハルの口を塞ぐ。全く油断も隙もあったもんじゃない。 「あ、もうリレー待機しなきゃ、早く行こ」 「お前は先に着替えろ、そのまま走るつもりか」 「ああ忘れてたごめん」 「バトンパス失敗すんなよ」 ハルはリレーのアンカー。俺はハルにバトンパスをする走者だ。 本当はリレーなんて目立つから嫌だったけれど、ハルにバトンパスをするのが他のやつだったら嫌だなんてつい思ってしまったからひきうけたのだった。 リレーはクラス対抗。もうすぐ俺の番が回ってくるけれど、どうやらうちのクラスは今のところトップのようだった。 一応中学の頃は一年だけ陸上部に入ってはいたが、すぐに辞めてしまったし正しいフォームなんかもよく分からない。けれどクラスみんなの期待がかかっているから失敗は出来ないと思った。 隣のレーンは文系クラスの野球部員だろうか。さっきからやけに見られているような気がする。 『F組の姫だっけ?』 「うるせぇよ…変な名前で呼ぶな」 『お前マジでホモなんだな』 「…だからなんだよ」 最近わざわざこう言ってくる輩は減ったが、目の前の野球部員はほくそ笑みながら俺のことを蔑んできた。 もう慣れてきてしまったけれど、いざ言われると面倒くさい。 『しかも女装趣味あるんだろ、変態じゃん』 「それはちげぇよ、勝手に決めつけんな」 『お前らさ、男として恥ずかしくないの?』 「…何がだよ。お前めんどくせぇな」 『小笠原って顔いいだけで実際凄い性格悪いんだろ?つーか、男同士とか気持ち悪くならねえの?そんなにあいつの顔好きかよ』 お前に何がわかる。お前にハルの何がわかるんだ。 振り上げそうになった拳を固く握りしめる。手を上げてはダメだ。けれど悔しかった。ハルのことを馬鹿にされて、黙ってしまう自分が嫌だった。 うちのクラスのサッカー部の男子がバトンを持ってこちらにやってくる。まだ何か言いたげな野球部員を無視して、後ろを見ながら少しずつ走り出す。 バトンが渡るその時、後ろからバトンを受け取ろうとした先程の男がわざと後ろから体をぶつけてきた。それによってバランスが崩れ、転びはしなかったもののバトンを落としてしまう。 笛の音がなったが、野球部員が咎められることもなくバトンパスのやり直しだけ行われる。今のせいで隣のクラスに抜かされてしまった。 「クソ…ッ」 そいつを殴りたい気持ちを抑え、すぐにバトンを握り直して走り出す。差は縮められたかもしれないが、相手も足が速いから追い抜かすまでに至らない。 結局二番手のままハルにバトンを渡すことになってしまった。その時僅かにハルの顔が見えてついつい驚く。 その表情は、明らかに怒っている時のものだったのだ。

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