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第301話Baton②

ハルがバトンを受け取って走り出すと、みるみるうちに隣のクラスとの差が縮まっていく。そのあまりの速さに周りからどよめきが起こった。 それにしたってあんな顔をして走ることは無いのに。他の生徒もその表情に気づいたのか、ハルは余程負けたくないのだと思われているらしい。 相手は陸上部の生徒だったが、ハルの方がリーチが長いためか圧倒的に早いような気がした。 あれだけ白い目で見られていた俺達だったけれど、同じ組の生徒は一丸となってハルを応援している。 自分も応援しなければと、何故か急に思い立った。ゴールまであと半周、腹の底からあらん限りの声を出す。 「頑張れ、ハル!」 周りの生徒が見ているだとか、そんなのは気にならなかった。 俺の声援が届いたのか、ハルはゴール直前で相手を抜かして一位でテープを切った。自分の声が聞こえたからなんて、少し自意識過剰かもしれないけれど。 全クラスがゴールした後、さっきまで実況をしていた放送部員がハルに駆け寄りインタビューでもするようにマイクを向ける。恐らく全校生徒がそれに注目していただろう。 『一位おめでとうございます、いかがでしたか?』 「…応援してくれたから、勝てました」 ハルはそう言って俺が立っているほうを振り返る。思わず熱くなった顔を逸らしてしまった。 「不正もなく、正々堂々と戦えてよかったです」 最後は皮肉たっぷりに笑顔でそう言って、何も知らない周りの生徒達からは拍手が起こった。 隣で顔を青くしている生徒が一人いたけれど、もうこいつに言われたことなんて気にしない。 俺は男だけれど、同じ男であるハルが好きだ。確かにハルは性格が悪いから取り柄といえば外見や家柄、才能といったところなのかもしれない。 それらはどれも魅力的ではあるが、俺がハルを好きなのはそんな安易な理由なんかじゃない。 言葉なんかでは言い表せないくらいに好きだ。ハルにはそんなこと滅多に言えないけれど。 「勇也、怪我しなかった?大丈夫?」 インタビューを終えたあと真っ先に俺の方へ向かってくるものだから、周りの視線はこちらに集められている。 そんなことも気にせずにハルは俺の手をぎゅっと握りしめた。 「転んだわけじゃねぇし…大袈裟だろ」 「そっか、よかった」 ふわりと微笑んだハルが俺の手の甲に唇をつける。勿論ギャラリーからは悲鳴のようなどよめきが聞こえてきた。 俺の顔はどんどん熱を帯びていき、一瞬固まってからすぐに手を振りほどく。 「な、なにしてんだよバカ!皆見て…」 「別に口にしたわけじゃないし、もうどうせバレてんだからさ」 「そういうことじゃなくて…あーもう、なんなんだよ」 周りからは以外にも心無いヤジが飛んでくるわけではなかった。むしろおめでとうと少し冷やかすような声。それは俺達が男同士だからとかそんなこととは関係なく、恋人同士だから言っている風に思えた。 「家帰ったらいっぱい褒めてね」 「分かった分かった、だから一回離れろ」 「えぇ〜ケチ…」 応援席の方に戻ると、F組の席付近にオレンジ頭とまだ見慣れない赤髪がいるのが見えた。 クラス連中はもちろん面識はないだろうからどこか戸惑っていた。朝比奈の見た目もあってか俺の方を皆チラチラと伺っている。 「何しに来たんだ、お前ら」 「写真撮ったから見せてやろうと思って」 「ぼ、僕は別に…滝川一人じゃ不安だからついてきただけで…」 写真というのはリレーの時のものだろうか。渋々そのカメラを覗き込むと、そこには走っている俺やハルの姿が写っていた。 「一応双木がタックルされてる所も撮ってあるんだけど、証拠写真としてつかう?」 「いや…いい。どうせ勝ったしな」 「勇也の写真全部欲しい。俺は目つぶってないやつだけよろしく」 ハルがボタンを押しながら次々と写真を確認して選別していく。 ゴールテープを切った瞬間を捉えた写真はなかなか見ものであったが、その次の写真を見て思わず手で画面を隠してしまう。 「ちょっと勇也、みえない」 「いいだろこれは消しても。なに撮ってんだよ」 「え〜ベストタイミングで撮れたと思うんだけどなぁ。その写真もやるよ」 ハルが俺の手を握ってその手にキスをするまでの瞬間がコマ送りのように撮られている。 改めて客観的に見るとだいぶ恥ずかしい。 「いらねぇよ!」 「そんな怒んなって」 「僕も消した方がいいと思う」 「ちょっと朝比奈くんは勝手なことしないでくれる?」 四人でギャアギャアと騒いでいると、クラスのほうからクスクスと笑うような声が聞こえてくる。それが嘲笑されているものだとばかり思って振り返った。 『お前ら今日も仲いいな!』 『二人ともリレーかっこよかったぞー、姫は可愛いって言った方がいいのか?』 「次姫だとか可愛いだとか余計なこと抜かしたらぶん殴るからな!」 『おーこえー』 それが嫌味を含むようなもので無かったのがなんだかおかしな感じだった。うちのクラスの奴らは皆優しい。他クラスの反応を見て余計そう思った。 「…単純な疑問なんだけど、なんで君らは俺達のこと蔑んで馬鹿にしないの?」 『なんでっていうか…なあ』 『俺達はあの騒動あったとき教室にいたしさ、遥人が言ってたこと本当にその通りだと思って』 「皆、優しいんだね」 『まぁ他のクラスで変な噂するやつとかもいるけどさ、気にすることないって』 『そうそう、女子達からもお前らお似合いだって最近騒がれてるよ』 お似合いだと騒がれるのは少しどうかと思う。自分とハルが釣り合っているだなんて今まで一度も思ったことがなかったから。 けれど、決して嫌ではない。一部からでも容認されることが、好きな気持ちを否定されないことがこんなにも幸福なものだとは知らなかった。

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