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第302話Baton③
「このあと一年も競技出るだろ、お前ら早く戻れ」
「そんな厄介祓いみたいな…」
「そういう意味じゃねえよ。頑張れ、二人とも」
頬を赤く染めて俯いた朝比奈を、滝川が写真に収めた。一方でハルはまたムッと唇を尖らせている。
「俺だけって言ったのに〜」
「悪かったって、いいからくっつくな暑い」
「照れてんの?」
「照れてねぇ!」
「そういうのマジで他所でやってくれませんかねぇ」
朝比奈は地面を踏み鳴らしながら大股気味に滝川を引きずるように待機場所へと歩いていった。
「そういえば、聡志見た?」
「会ってはねえけど競技には出てたぞ」
「ふーん、意外と元気なんだね」
「…お前も心配だったんだな」
「別に心配って程じゃないけど」
俺が口の端を上げてハルを見上げると、バツが悪そうに顔を顰めて頭をかいた。
「…まぁ、心配もするよ。もう一年も一緒に居るんだし」
「確かにそうだな…」
あの騒動が無ければ、きっと俺達四人が一緒にいいることなど有り得なかっただろう。
「聡志が暗いと調子狂うんだよね、何とかならないのあれ」
「お前が他人のこと気にしてると、なんか面白いな」
「なあに、嫉妬?」
「そうじゃねえよ」
真田に元気がないのが気がかりなのは俺も同じだ。どうにかしていつもの喧しさを取り戻してほしいところなのだが、何をすればいいのだろう。
「修学旅行とか、ちゃんと楽しめるといいけど」
「そういえばもうすぐか…俺も行っていいのか、それ」
「いいに決まってるでしょ。同意書とか諸々はこっちでなんとかする。なんとなく不安だし聡志達とグループ行動できたらいいけど」
「違うクラスなんだからそれは…」
ハルにはなにかの考えがあるのか、不敵に微笑んでいる。
そういえばこいつはそういうやつだった。教師陣の弱みなんて一体どこで握ってくるのだろう。
「まあいっか、朝比奈くん達にも一応お土産買って行ってあげよう」
「…ほんとお前、変わったな」
「勇也にだけは言われたくないね」
修学旅行はあと二週間。行先は沖縄で2泊3日、平和学習やらなんやらが組み込まれている。それが終わったらまた定期試験だ。
「もうすぐ色別リレーか…準備するぞ」
「もう何回走らされるんだよって感じ、家帰ったら甘やかしてね」
「分かった分かった、いいから来い」
「今言ったからね?絶対だよ」
待機している一年生の後ろに、またリレーの待機列を作る。
アンカーは三年生だったし、俺とハルは前後だったからあまりお互いの走りは見れていない。
うちの組がまたゴールテープを切った。もしかしたら優勝できたのではないだろうか。
「なんかあっさりと優勝しちゃったね」
「まぁ、どの競技も大体勝ってたしな」
『遥人、双木〜このあと打ち上げあるけどお前らも来るだろ?』
「…どうする、やめとく?」
「まあいいんじゃね、今日くらい」
こんな風に思ったのは初めてだった。今行ってもいいという気持ちになれたのは、きっとこのクラスの連中の人の良さを思い知ったからだろう。
そもそも打ち上げ自体生まれて初めてだ。ハルの後ろについて薄暗くなった街を歩いていく。
「つーか、打ち上げってどこでやるんだ」
「カラオケって言ってたよ。だから勇也行かないかなと思ってたんだけど…」
「カラオケ……」
行ってもいいという気持ちになったなんて嘘だ。カラオケなら話は別だ。いや、歌わなければいい、ハルの歌だけ聞いていればいい。
そう思ってはいたもののいつマイクが回ってくるかと気が気でなく、俺はバトンパスの時より緊張していたかもしれない。
『今日一番活躍したんだし遥人達歌ってよ』
ついにきた。いや、遥人達ってなんだ、達って。俺は死んでも人前では歌わない。ハルから歌が下手だと指摘されたこともあるが、自分でも自覚するほど酷かった。
「じゃあ俺歌うよ、最近のだったらなんでも分かるから適当に入れておいて」
ハルが歌うと女子達は皆釘付けになった。それもそのはず、このルックスでこれだけ歌が上手ければ誰だって惹かれる。
『あーあー、せっかく文化祭体育祭で彼女出来ると思ったのに』
『結局全員遥人かよ…なあ彼氏的にはどうなの?』
「はぁ?どうだっていい、別に」
『ほら遥人〜お姫様拗ねてんぞ』
「分かったから勇也に触らないで」
マイクを通して低い声で春がそういうものだから、俺の肩に回されていたクラスメイトの腕はすぐに離れた。
『一番モテるのが遥人と双木だからなー…ほら、双木も歌えよ』
「俺はいい!」
「なんだよいいから歌えって。ほら応援合戦の時の曲なら歌えんだろ」
応援合戦で踊ったのは最近人気の女性アイドルグループの曲だ。歌はわかるけれど、歌いづらいうえに俺は正真正銘の音痴だというのに。
イントロが流れ、マイクを渡されたから黙ったままでノリが悪いなんて言われたら溜まったものではない。小さな声で歌うと辺りはわかりやすく静かになった。正直死にたい。
『なんか、双木くん超可愛くない…?』
『わかる!なんでもできるとおもってたからギャップてきな?』
『あたし達も一緒に歌ってあげよーよ』
マイクを手に取った他の女子達の声が重なり、なんとか一曲歌いきる。もう早く帰りたい気分だ。
『結局お前らが全部持ってくのかよ』
『ずるすぎだろ、顔がいいからって…』
『俺もモテてぇ〜』
それと同時にハルからの視線を感じる。また周りを囲んでいた男子が俺から距離を取った。
その後も面白がって何曲か俺とハルで歌わされ、散々だった。恥ずかしくてどうしようもない。
解散後、クラスメイトから離れたところでこっそり手を繋いで帰った。
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