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第303話Target
「勇也〜ぎゅってして」
家に入った瞬間のハルの第一声はこうだった。するも何も、既にハルは俺のことを抱きしめていたのだが。
「まず靴を脱げ靴を。靴下は桶用意しとくからそこに入れてお前は風呂に入れ」
「家帰ったら甘やかしてくれるって約束したのに…」
「全部やることやってからだ」
「じゃあそれ終わったらやることやろうね」
そう言って肩を撫でられ、つい手を払う。自分は今絶対に汗臭い。いくら同じボディソープをつかって同じ柔軟剤を使っていても、汗の匂いまでは同じにはなれないから気にしてしまう。
「えっ…今日はしてくれないの?」
「いや、汗臭いからあんまこっち来んな…じゃなくて、しねぇからな今日は!疲れてんだよ」
「勇也の汗の匂い、俺は好きだよ?」
ハルが首元に顔を埋めて匂いを嗅いでくる。
有り得ない、ハルのは無臭かもしれないが自分の汗がどうかなんて分からないし不安しかなかった。
「やめろ、嗅ぐなバカ!」
「勇也の匂い…興奮する」
「あっ…ばか、舐めんな」
「このまま押し倒したい」
後ろから腰を押し付けられる。服越しにもハルのものが硬くなっているのが分かって顔が熱くなった。
「人の匂い嗅いでなに硬くしてんだよ変態!」
「可愛くてつい」
「…風呂入ったら、してやっても、いいけど」
疲れているからしたくないのも本心だが、ハルに求められるのを断るのが怖かった。
嫌な訳では無い、毎回これが最後にならないようにという気持ちで不安だったのだ。
「いいの?じゃあお風呂一緒に入る?」
「それは嫌だ。洗濯機回すからお前は先に入ってろ」
文句を垂れながらハルは服を脱ぎ散らかして脱衣所へ歩いていく。その跡を拾いつつ俺も洗濯機のある脱衣所へ向かった。
自分も風呂に入ってある程度の準備を済ませた後、ハルの部屋のドアをノックする。
「おいで」と優しい声が返ってきた。いつもはノックなんてしないのに、自分でも不思議だ。
「お前…なんで、メガネ」
「最近目悪くなっててちょっとね」
「…近眼なのお前」
「まさか、老人じゃないんだから…最近はコンタクトしてるよ」
一緒に住んでいるのにハルがコンタクトにしたことなんて知らなかった。本を閉じたのと同時にメガネを外そうとするハルの手を思わず止めてしまう。
「ん?どうしたの勇也」
「メガネ…外して、ちゃんと見えんの」
「…じゃあ、見えないからもっと近くで勇也の顔見せて」
急に距離を詰めてきたハルの顔を掴んで止める。ハル自体はつまらなそうな顔をしていた。
「なんで止めんの、もしかしてメガネの方がすきだった?」
「べ、つに…」
「あ、図星でしょ」
メガネをかけているハルはいつもと違うように思えてしまって無駄に鼓動が早まる。
それを分かっていてわざとまた顔を近づけ、閉じてしまった瞼にキスを落とした。
「顔真っ赤だけど」
「うるせぇ…」
「今日はメガネしたまましてあげよっか」
「いいって!」
ハルはニコニコと微笑んだまま、俺に何かの紙袋を差し出す。
何が入ってるのか怪しみながらその中身を見ると、今日着ていた例のセーラー服だった。
「…着ないからな」
「これ着てくれたらメガネしててあげる」
「そんな…俺が着るわけ…」
自分のセーラー服とハルのメガネを天秤にかける。正直メガネ姿のハルはもう少し見ていたい。よくよく考えれば俺は既にメイド服もドレスも着てしまっているし、セーラー服なんて大したことないのではないだろうか。
こんな単純な考えをした自分を殴りたい。
「いやだ…やっぱり、脱ぐ」
「なんでよ可愛いのに」
「男にセーラー服とか、趣味悪いんだよ」
「ちゃんと女装してるよりそっちの方が興奮するでしょ」
セーラー服のスカートが捲られ、するりと脚へハルの手が滑る。それにビクンと反応して咄嗟に閉じた脚をこじ開けるように、太腿を撫で回された。
「男の子なのにこんな格好、恥ずかしいね?」
「これは、お前が…!」
メガネをかけたハルの顔を直視できない。何故だかいつもより意地の悪さが倍増しているような気さえする。
「勇也、かわいい」
「うる、さ…」
「キスして」
ハルがそう言って目を閉じる。〝して〟と言われてしまったらこっちからするしかない。
恐る恐るハルに顔を近づける。メガネに当たらないように顔を傾けて目を閉じようとすると、いきなり後頭部を押さえられてそのままハルの舌が唇を割って入ってきた。
それだけで息が上がる。ハルを近くに感じられる。
蕩けたような力の抜けた目で、ハルの目を見つめた。
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