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第308話Target⑥

用意された服に着替えて下へ降りると、佳代子さんとハルはソファに座ってお茶を飲みながら談笑していた。 「お前…佳代子さんにお茶入れさせるなよ」 「え?それやったの俺だけど」 「ハルが…?」 「ええ。いつも飲んでるからって、双木さんが入れてくれるのと同じのを遥人さんが」 ハルも随分成長した。いつもの癖でハルの頭を撫でると佳代子さんに笑われた。 「そういえば、佳代子さん大丈夫なんですか…その、家の方」 「ああ、いいのよ気を遣わなくて。聡志は随分落ち込んでいるみたいだけど」 「俺なんも言ってあげられなかったな…聡志、まだ元気ないの?」 「今はもう大丈夫よ。きっと謙ちゃんが励ましてくれたんでしょ」 流石佳代子さんだ。そこまで分かってしまうなんて、女の勘とは恐ろしい。 「良かったです…もうすぐ修学旅行もあるし、あいつ元気ないと俺達も心配で」 「そうね、楽しみにしてるみたいよ。将来の夢もできたみたいだし、あの子なりに頑張ってるわ」 真田の将来の夢。前まで白紙で提出していた。本当は父親のようになりたいとあいつは思っていたはずだ。それが変わったのだろうか、それともまた何か新しい夢をみつけたのだろうか。 俺の進路希望調査表はいつまで白紙のままなのだろう。 「遥人さんはもう決めたの?」 「病院のこと?」 「ええ、綾人ちゃんはあなたの好きにさせるって言ってたけど」 「…とりあえず、医学部に進むことにするよ」 それを聞いて、俺も佳代子さんも顔を綻ばせる。ハルが自分の意思でついにそれを決断してくれた。きっと綾人さんも喜ぶだろう。 「双木さんは?この前からなにか進展はありそう?」 「俺は…」 俺は何がしたいのだろう。なにか明確にこれといったものがあるわけじゃない。 ただあるのは、ハルの傍にいたいという思いだけだ。辛うじてもう一つあげるとなれば、人の役に立つ仕事をしたいと言ったところだろうか。 今まで周りに迷惑をかけないように、人の手を借りずに生きてきた。けれど幾人もが俺に手を差し伸べて救ってくれた。そんな人間に自分もいつかなりたいと漠然と思っていたのかもしれない。 「…人の役に立つような、誰かを救えるような人間になりたいです。ちょっとクサいっすかね」 「いいじゃない、素敵なことだわ」 そこでふとこの前佳代子さんが言っていたことを思い出した。決して軽い気持ちでそれがいいと思った訳では無いが、自身の願いにピタリとあてはまるかもしれない。 「…佳代子さんって看護師だったんですよね。なるのって、大変っすか」 俺がその言葉を発してから辺りが静まり返る。やはりおかしかっただろうか、俺がこんなことを言い出すのは。自分でも望みが薄いのはよく分かっている。 「勇也、看護師になるの…?」 「いや、さすがに無理があるよな…分かってる」 「無理なんかじゃないわよ!でも、大丈夫?この前私が言ったことに流されてるんだったら申し訳ないと思って…」 「いや、これは…俺自身の意思です」 看護師になったからってハルと一緒にいられるとは限らない。けれど、似た環境の中でハルの心に寄り添えるような気がした。 「なら良かった…いいじゃない。双木さんは頭もいいし、実習は大変かもしれないけどきっといい経験になるわ」 「じゃあ大学も看護科に進むの?俺と同じとこ行こうよ」 「お前と同じって…レベルが合うかどうか…」 「そうねえ、看護科とはいえ遥人さんと同じとなると国立でしょう?受験勉強頑張らないと」 結局大学へ進学するとなると勉強は必須だ。国立大学なんて自分が受かるかどうかも分からないけれど、ハルと同じところに向けて勉強するのは悪くないかもしれない。 「今からでも、間に合いますか」 「大丈夫よ、双木さんなら。受験期間は忙しくなるだろうから休日のご飯くらいは言ってもらえれば作るわ」 「ほんと佳代子さんって世話焼きだね」 「そういう性分なのよ」 佳代子さんが朗らかに笑う。これで俺の将来は白紙でなくなった。まだそれになれると決まった訳では無いけれど、新たな目標が立つだけで気持ちは随分変わったような気がする。 夢を持たせてくれた皆に、感謝しなければならない。

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