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第309話Redstar Lily
11月になったというのに、日本でもまだこんなに暑い所があったのか。天気予報で知ってはいたけれど、空港まで行く間の寒さと比べるとこの27度という気温は灼熱のように感じた。
「着いたね、沖縄」
「お前よく飛行機の中で寝れるな」
「勇也は飛行機初めてで怖かったんだっけ?震えてて可愛かったよ」
「うるせぇ!」
飛行機なんて乗ったのは人生で初めてだ。周りは機体が浮いた瞬間ざわざわと騒がしくなる程度だったが、俺は声も出ないまま隣の席に座っていたハルの腕をしっかりと掴んでいたのだった。
「初日は平和学習か〜…海は明日ね。ホテルが一番楽しみだなぁ」
「なんでホテル二人部屋なんだよ」
「まぁそんな広いとこじゃないし、いいじゃん二人きり」
「そこが不安要素なんだよ」
ここ最近ことある事に体を重ねているせいで寝不足と体の痛みが酷い。自分が断れずに流されてしまうのが悪いと分かっているのだけれど、断らないと分かってからハルは調子に乗り始めていた。
だからホテルで二人部屋なんていったら気が気でない。隣の部屋に聞こえるだとか言ってもどうせハルは気にしないだろう。
「はぁ…」
「なんでそんなため息つくの、疲れちゃった?」
「なんでもねえよ。真田達といつ合流すんだ」
「自由行動は明日明後日の方が多いから明日からかな。今日はクラスごとに動いてあとはホテルで休む感じ」
クラスの列がぞろぞろとバスに向かって歩いていく。ガイドの話を聞きながら、ひめゆりの塔やガマを見て回った。
流石に平和学習ともなると修学旅行生は静かになる。見学が終わってようやく皆沖縄のTシャツなんかを買ってはしゃぎ始めたようだった。
「Tシャツ買う?」
「いらねえ」
「そっか。まあいいよ、あれダサいし」
他の生徒が嬉嬉として買っているのを見ながらそんなことを吐き捨てるものだから俺の方が冷や冷やしてしまう。
ホテルに到着してからはしばらくの間自由時間だった。
「お土産は最終日に平和通りで買えばいいから…えっと父さんと佳代子さんと…あと朝比奈くんと滝川くんのは一緒でいいか」
「荷物増やしすぎるなよ」
「分かってるって、タルト買いたいから最終日買っていい?」
ハルが楽しそうに前日作っていたリストには沖縄限定の菓子類の名前がずらりと書かれていた。スナック菓子のご当地限定商品までしっかりリストアップされているから抜かりない。
「荷物部屋に置いたら夕食まで聡志達のところいこう。聡志がゲーム持ってきたってさ」
「あいつ沖縄にまでゲーム持ってきたのか…寝る前はやるなよ、目悪くなるから」
「そうだね、これ以上悪くなっても困るし」
そう言ってハルは眉を顰める。視力が落ちたせいでコンタクトをしているようだが、飛行機の中で乾燥するから外したらしく今は景色がぼやけているらしい。
「コンタクトしねえの」
「ワンデーだから余分に持ってないんだよね。勇也がいるからいいよ」
「本当にちゃんと見えてんのか?」
そう言ってハルの顔を覗き込むと、ちゅっと短く音を立ててキスをされた。
ホテルの中とはいえ廊下だったから咄嗟に辺りを見回してしまったけれど、人の気配はない。
「お前…場所考えろっていつも言ってんだろバカ」
「勇也がキスしたそうな顔してたから」
「してねぇ!」
全く油断も隙もない。自分たちの部屋に荷物を置いてから、真田と上杉の部屋へ向かった。
ハルはベッドが別々なことに不平を言っていたけれど、修学旅行でとった部屋なのだから当たり前だ。そもそも修学旅行中ずっとひとつのベッドでハルと寝るなんて危険極まりない。
下の階へエレベーターで移動し、事前に聞いておいた部屋番号を探しながらふたりのいるであろう部屋の前で足を止め、数回のノックをした。
すぐに返事はなく、代わりに言い合うような二人の声が聞こえてきたのは気のせいだろうか。
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