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第325話Mam④

気づいた時には部屋から逃げるように走り出していた。さっきまでの体の硬直が嘘みたいだ。 「勇也!」 ハルの声だって聞こえていたのに、足は止まることなく動いてしまう。 どこに向かっているのかなんてわからない。一刻も早くこの場からいなくなってしまい。わ 「双木くん!どこへ行くつもりなんだ!」 綾人さんの声がしたのも分かっていたけれど、何を言っているかなんて分からなかった。 気づきたくなかったことに気づいてしまったのがここまで応えるとは、自分でも思っていなかったのだ。 制止を振り切って家から走り出す。今自分がどこにいるかなんて分からなかった。少なくとも家に戻る気は無かったし、とにかく一人になることだけを考えたかった。 ハルの足の速さではすぐに追いつかれてしまうだろう。そう思って、たまたま近くのバス停に止まったバスに乗り込んだ。 幸いポケットには財布が入っている。とは言ってもこの中身だって本来ならハルのものだ。 バスの中に人はほとんど乗っていない。ガランとしている車内で呼吸を整えながら、窓際の席へ腰をかけた。 自分がなぜ今こんなに動揺して、ハルの家から逃げるようにでてきてしまったのか。気づきたくなかった事実と言ったって、ハナから分かっていることだったはずなのに。 ずっと固執し続けていた母親という存在。自分が欲しかったものであり、自分がなりたかったもの。けれど自分がそうなることはできない。理由は至ってシンプルで、自分が男として生まれてきてしまったからだった。 何も女になりたいわけじゃない。ただ子供が欲しい訳でもない。それでも、母親と呼ばれる存在になりたい自分がどこかにいたのだ。 ハルには未来がある。医者になって病院を継いで、結婚して子供を産んで、またその子供が跡を継いでいくんだ。何故だかそれは容易に想像出来てしまったし、想像の中にいる母親は自分ではない誰か。きっと綺麗な女性だ。 自分とハルがそうなれる未来はない。ハルがいくらそれを望んでいないと言ったとしても、俺自身がハルがそうなってくれることを望んでいる。 本当は、本当なら自分が、誰よりもハルを愛している自分がそこにいたかった。 けれどそれは無理なんだ。甘く見ていた幻想は打ち砕かれた。ただ好きなだけではどうにもならないという言葉の本質をたった今理解させられた。 涙が出てくるわけでもなかった。ただ虚しく、移り変わる景色をぼうっと見つめている。 いつの間にか瞼が重くなってきて、大して疲れている訳でもないのに眠ってしまった。 目覚めたくないなんて思うのはいつぶりだろうか。 ああ、全部夢でいい。 ハルに出会わなくたって、天涯孤独だって、独りで死んでしまったてよかった。 それでもハルが好きな俺はダメだった。どうしようもなく好きだった。なににも代えられない、かけがえのない大切な人。 「ハル…ご、め…」 『お客さん、もう終点ですよ』 うっすら目を開けると、困った顔をした運転手がこちらを覗き込んでいた。 慌てて料金を精算機に投げ入れ、また逃げるようにバスから離れていく。 ハルがここまで来ているはずはないのに、当たりをキョロキョロと見渡して確認してしまった。 降りた先はどこか見た事のある景色だった。空の色は少し暗くなってきている。 「海だ…」 潮の匂いが鼻を掠めて思わずそう呟く。 この前ハルと二人で来た海だった。 ここに来てしまったのが偶然なのかも分からない。海はこの前の記憶を思い出させては、涙を押し出そうとするように心を圧迫してきた。 スマートフォンには無数の着信履歴。言わずもがな全てハルからの着信であるのは明確だった。 それをぎゅっと握りしめて、電源を切る。 今ハルに何か言われたら、自分の決断が揺らいでしまいそうだった。だからハルの声は聞けない。 自分勝手だと言われても、たとえハルに嫌われてしまっても、ハルのために俺がしなければいけないことがある。 「ごめん、ハル」 涙ぐんだ声でぽつりと呟いて砂浜に向かい歩いた。踵を踏んずけたスニーカーの隙間から砂が入ってくるけど気にならない。 砂浜は意外にも、ひんやりと冷たかった。海岸に腰掛け、これから沈む準備をする太陽を眺める。やっぱり綺麗だった。 ふと首元に違和感を覚える。そう言えば誕生日のときにハルからもらったネックレスチェーンが首にかかっていない。どこかで落としてしまったのだろうか。 入っているわけないと分かっていてもポケットなどをくまなく探し、やっぱりどこにもなくて肩を落とす。 なんとなく立ち上がって、沈み始めた陽を追うように海に向かって歩く。 体は勝手に動いて、まるで海に吸い込まれているみたいだった。 「生まれ変わったら、きっと…」 ハルの隣に、また居られたらなんて。 【第六章familyー完ー】 ___次章、最終章___ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー お久しぶりです。たまこです。更新がたいへん遅れてしまい申し訳ございません。これからも遅いとは思いますが更新はして行きますので、どうか最後までこの作品をよろしくお願い致します。

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