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第328話Beginning
「双木、聡志を見なかったか?」
「あ?なんでお前理系クラスまで来てんだよ」
「教室に戻ったらいなかったんだ。ここに来ていると思っていたんだが…」
「下降りれば多分いるでしょ、勇也と俺も今から行くとこだし謙太くんもくれば?」
ハルに無理やり肩を組まれ、ハルはもう片方の腕を上杉の肩に回した。三人でやけに幅をとりながら、昇降口へ向かっていく。
『あの、小笠原先輩!…私、あの、先輩のこと』
昇降口で靴を履き変えようとすると、突然目の前に一年生らしき女子が躍り出た。たじろぐハルの前に、今度はまた別の女が何人も寄ってくる。
『ちょっと、一年生のくせに出しゃばらないでよ!』
『ねえ遥人、私にボタンちょーだいよ』
『ずるい!私も!』
「ボタンはあげません、一年生は知らないかもだけど俺は付き合ってる人いるから」
上手く女子を交わし、行こうと小さく囁いて俺の手を引く。それでもハルの周りにはまだ人が群がっていた。
『第二ボタンは双木くんでいいからほかの私にちょうだいよ!記念!』
『じゃあ私シャツのボタン貰うから!』
『双木くん、いいよね?!』
「あー、いいんじゃねえの」
俺が適当にそう言ったせいで、ハルのボタンというボタンがあっという間に奪われてしまった。シャツのボタンも学ランのボタンも全て取られたなんとも間抜けな格好であった。
「勇也、酷い…どうすんのこれ」
「どうするってもう着ねえだろ」
「小笠原は、その…第二ボタンは双木にあげなくていいのか…」
「なんで上杉が残念そうなんだよ…」
正直第二ボタンなんて貰わなくても、ハルが自分のものである証明はいくらでもできる。ここまで気持ちに余裕が出来ているが自分でも不思議だが、これだけ困難をくぐり抜けられるような奴は自分の他にいないと思えるようになっていた。
「勇也の分は最初から取ってあるよ。言っておくけど勇也のボタンは全部俺のだから誰にも渡しちゃダメだからね」
「うるせーな」
「何その照れ隠し」
「照れてねぇ!」
ハルを睨みつけながら昇降口を出ていくと、そこには上杉の探していた真田がいた。そんなに離れている訳でもないのにこちらに向かって大きく手を振っている。
「おっせーよお前ら!一緒に写真撮ろーぜ!」
「聡志が勝手にいなくなったのだろう。全く、せっかちな奴だな…」
呆れている上杉の目が、一瞬潤んだように見えた。いつもは凛としている上杉の見たことのない表情にたじろいだ。
「勇也どうかした?」
「いや、何も…」
そうか、上杉も真田を想っている気持ちはずっと変わらないんだ。けれどそれを胸に秘めたままにしている。
自分からしてみればどうして打ち明けないのかと疑問に思ってしまうが、上杉には上杉の事情や信念があるのだろう。何事も正直に言うことだけがこの世の全てではないのだ。俺達のように失敗して、そこから戻れなくなってしまうことなんてざらにある。
自分が今いる状況が〝奇跡的〟であることを改めて実感した。
「あらみなさん揃ったの、お写真撮ってあげるからほら並んで並んで」
卒業式を見に来てくれていたらしい佳代子さんがカメラを構える。真田に似ていると言われれば似ているような気がしないでもないが、お互い別々の場所で馴染みがあったせいで卒業する歳になった今もいまいち母と子に見えない。
「おーよく撮れてんじゃん…しっかしなぁ、ほんとよく卒業できたぜ。双木なんであの時海に…」
「お前その話ぶり返すのやめろよ」
「ねえ、学校の子が撮ってくれるって言ってるんだけど知り合いの子?」
佳代子さんの言葉に皆が振り返ると、朝比奈と滝川が揃ってやって来ていた。
「先輩達…卒業しないで留年してくれてもいいんですよ?」
「朝比奈くんさぁ、なんでそんな目元赤いの?」
「あー気にしないでやって、ヒナちゃん皆が卒業すんの寂しくて泣いちゃっただけだから」
「おい滝川!!言うんじゃねえよ!!」
後輩の二人、というか滝川に関しては歳が同じな訳だが、相変わらず仲良くやっているようである。受験期間中学校内でも会う回数は減っていたし連絡もあまりとっていなかったから滝川の存在は少しわすれかけていた。また俺自身の髪色が暗くなったせいもあるが、この二人の赤とオレンジ色をした髪色がやけに目立つ。
「カメラは俺に任せろ、なんてったって写真部だからな」
「そういえばそのような事を言っていたな」
「もしかして、皆俺の存在忘れてた…?まあいいけど、今年はちゃんと進級したし部員も増えたからね!」
「そういえば朝比奈が入ったって言ってたよな」
朝比奈が写真部に入ったことなど俺は全く知らなかったのだが、何故か真田は知っているようであった。同じく知らないはずのハルが真田に訝しげな目を向ける。
「なんで聡志は知ってて俺は知らないの?朝比奈くん贔屓してるでしょ」
「違いますよ!受験期間中みんな遊んでくれないからって真田先輩から誘われてよくゲームとかの相手してて、だからその流れで…」
今度は全員が真田の方を見やると、焦ったように佳代子さんの手をひっぱる。
「ほら、お袋も一緒に写ろうぜ!写真部が撮ってくれるからさ!!」
「聡志、あなたも受験生なのになんでゲームなんか…」
「それは、ごめんなさい…」
「そんな調子だから補欠合格が繰り上げされるまでの期間泣きべそをかくことになるのだろう…」
上杉のその言葉に、佳代子さん以外の皆がまたしても真田に視線を移す。
「真田てめぇ、繰り上げ合格の話なんて初めて聞いたぞ」
「やだ、聡志皆に言ってなかったの?」
「わりぃ、言ってなかったけど受かってた…まあいいじゃんこれで全員受かったってことになったし!」
全員が良くねえよと心の中で突っ込んだことだろう。真田が補欠合格という話までしか皆知らなかったため、きっと落ちてしまったのだろうと思いなるべく真田の前ではその話に触れないようにしようとしていたのに。
何はともあれ、補欠合格以外志望校を全落ちしてしまった真田が合格したとなれば皆快く卒業ができるというものだ。
「それにしても遥人が医者で双木が看護師ねぇ…患者さんに暴力振るうなよ!」
「振るわけねえだろバカ」
「バカって言うな!」
「さっきから写真とってるから皆じっとしてて欲しいんだけど…」
その後も誰かと誰かが常に口喧嘩をし、ようやくまともな写真が一枚だけ撮れたようだった。
「これ、今度現像しておれにちょーだい。データもよろしく」
「データくらいだったらすぐ渡せるし、一回部室のパソコンで…」
「あーごめん、俺と勇也もう行かなきゃだから」
「小笠原と双木は何か予定があるのか?佳代子さんが一緒に昼食をとらないかと言っていたが…」
「引越し準備まで時間がねえんだよ。そんな遠くまで行かねえし、また今度こっち来るわ」
そういえば俺とハルの引越しのことについて誰にも何も言っていなかった。佳代子さんにはもう家に手伝いはいらないことだけ伝えていたが、引越しについては初耳かもしれない。
「先輩達引っ越すんですか?!この薄情者!」
「朝比奈くんは俺と離れるの寂しいかもだけど、ここからだと大学までちょっと遠いからね。それにあんな広い家、今はいらないと思ってさ」
「いや、小笠原さんは別に…」
「朝比奈くん随分生意気な口きくようになったね?まあいいけどさ…今度遊びに行くから、みんな待っててね」
佳代子さんの別れの言葉も待たずに、ハルは俺の腕を引いて走っていく。振り返ると、呆れながらもにこやかに皆手を振って送り出してくれていた。
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