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第20話Hidden⑨

このまま目を瞑っていたら気をやってしまいそうだったから、目を開けてなるべく外の方を見る。 さっき誰かに見られたかもしれないと思った教室を無意識に探す。この時期はカーテンがしまっている教室が多かったが、窓際の生徒が見えたということは、少なくとも1箇所はカーテンが空いている席があったはずだ。 しかし、見当たらない。意識を集中させて探してみても、どこもカーテンが閉まっている。他のところは元からしまっていたと思えば問題ないが、さっきのが見間違いのはずがないのだ。 心臓がドクドクとなり始める。焦燥と共に冷や汗が体を伝う。何故だ、なぜ閉まっている?ただ単に閉めただけなのか、それとも見えてしまったのか。わからない。確かめる術がない。もし、見られていたのだとしたら… 「んっ…どしたの?手、止まってるけど…」 「…見、られた。」 「なんで分かるの?」 「…っさっき、見えたとこ、カーテンが閉まって…んっ」 「へぇ…そうだね、どうか分からないけど…」 俺が気を抜いたのをいいことに、小笠原は扱く手の動きをまたはやくする。 頭の中はまた〝見られたかもしれない〟ということで埋め尽くされた。それなのになぜか与えられた刺激がさっきよりも耐え難く気持ちがよかった。 「ん、あっあ…ふっ…ん…や、やめ…もっいやだ」 「嫌ってこと、ないでしょ…っ今更やめたって見られたかもしれないことに変わりはないでしょ?どうしようね、双木くんが淫乱だってこと、みんなに知られちゃったら…まぁ、野次馬とか居ないから今の時点では言いふらしてはないみたいだけど…」 「ちが、ちがうっ!俺、はっ淫乱じゃな…いっ」 「…思ったけど、双木くん〝淫乱〟って言葉すごい反応するよね…言われると興奮する?」 「ちがっ…あっんっ…ほんとにっちがう」 「…あそこの教室、生物室だよね…移動教室だと、どこのクラスかわかんないな…」 6限…生物室…微かに覚えがあった。 なぜなら、そうだ、自分のクラスの時間割と一致している。最悪だ、よりによって見られたのがクラスメイトだなんて。 「あ…っうっ…んん…もう、も、やだ…あっ」 「あ…泣きそうなんだね…っやばい、本当にその顔、大好きだ」 「うっ…う、やっ…最悪、あっ…ん」 見られたから今後どうなるかなんてことはどうでもよくなっていた。それよりも痴態を見られてしまったこと自体が怖い。〝そういう〟人間なのだと思われたくない。不良だ、悪者だと言われるよりもずっと嫌だ。 小笠原も見られたら困るはずだったが、こいつはどうして余裕なのか。金や名声がある者はいくらでも事実を揉み消せるということか、皮肉なことだ。 もう、これが終わったら死んでしまおうか。 もともとそういう気はあった。生きていてももう意味がない。生活だってもうじき金がそこを尽きて苦しくなる。 そんなときに男に犯されて、不良生徒らしく暴力をふるうことも、抵抗することも叶わず嬌声をあげてしまった。運が悪ければ、その最悪な痴態を目撃されている。 喧嘩は嫌いではなかった。もちろん痛い思いもしたが、仲間に囲まれて幸せだった。しかし生まれた時から今の今まで、中学時代以外はずっと苦痛を味わってきたのだ。その仲間たちでさえ俺を裏切った。誰からも必要とされていない。誰かから、愛されたかった。 理想を押し付けて他界した母親も、消えないものを植え付けた元父親も、恥辱を与えてきたこいつも、みんな呪ってやる。 「ねぇ、手、止めないで」 「うっ…ん…もう…死にたい」 「は?」 小笠原が発したその声は、今までの中でもいちばんトーンが低いものだった。一瞬小笠原のても止まったが、またすぐに動き始める。 「なんでそんなこと言うの…?辛い過去があるから?それとも俺が今こんなことしてるから?」 「あっあっ…んっやぁっ…どっちも…っに、決まって…」 「俺はいくらでも自分の行いを正当化するよ。勿論いいことをしたなんて思ってないしね。自分のやりたいようにしてるだけ。でも俺はきみが憎くてやってるわけじゃない。最低なのは変わらないけど、本当にきみが好きなんだ」 その言葉ももちろん最低だったが、いっそ清々しかった。真っ直ぐ俺を見つめて、切なそうな顔をする。 「ちゃんと俺のこと見て。俺で感じてほしい。やり方はどんなに最悪でも、双木くんが欲しかった…中学のころから、一目惚れだからさ…っ」 淡々と喋っているが、その内容は照れくさいというか恥ずかしかったし、何よりこんなことは言われたことがなかった。 「ほんとうはもっと準備してからがよかったけど…我慢出来なかった。ごめん。俺の趣向に付き合わせて辛い目にあったよね、ただでさえつらいのに…でも苦しそうな顔を見てると興奮するのも本当だし、それは好きだからだよ。こっちはずっと好きなんだ、薄っぺらい言葉じゃないから。俺は双木くんがほしい…こんなこと言いたくないけど…多分、愛してる…んだと思う」 最低なのに、最悪なのに、どうしてこいつの言葉はこんなに響いてくる?愛されたことがなかったからかもしれない。それでもこいつのしていることは許せる行為ではないが。胸が苦しくなって、体が熱くて、心臓は更に早く脈動した。 「ねぇ、俺の、ちゃんと触って?本当に誰かに見られたんだとしたら、後のことは俺がどうにかするから…ね?好きだよ」 耳元で囁くと、腰に回していた手を移動させて俺の後頭部を優しく抱いた。涙を堪えたひどい顔で見上げると、唇を重ねられる。もう拒むことをせず、それを受け入れた。もちろんそんな力がなかったのだが、それよりもなぜか、俺はこの最低な男をどこか信じようとしてしまっている。 小笠原は愛おしそうに、大事に優しい口付けをする。相変わらず俺のものを扱く手は変わらないが、俺もそれに応えるように小笠原のものをまた扱き始めた。するとぴくりと動いて、こんどは舌を絡めてくる。口内の形を確かめるように探りながらゆっくりと、上顎を優しくなぞる。 今日のうちに感じた苦痛などは全くなくて、その優しさに気がおかしくなる。キスをすることがとにかく気持ちよくて、腰の力がぬけそうになる。 下に与えられる刺激で漏れる嬌声は、小笠原の唇に吸い込まれてゆく。 「んっふっ…んぅ…」 快感で達してしまいそうになり、思わず腰が揺れる。与えられる刺激は追い詰めるように強くなる。不安や恐怖は、この瞬間だけは消えてしまった。小笠原が唇を離すと糸をひいているのが見えた。 「んっ…俺も、そろそろ出そうだから…一緒に、ね?」 「んっ…ん、あっ、うっ…んあっ、あっ!」 お互い、刺激を強めて射精へと追い込む。 小笠原のものがびくびくと大きく脈打つと、俺のものも同時に精を放った。 「あっ…あっあっ!ん、あんっ…!」 「はぁ…っ…ん」 お互いの腹へ、白濁液が飛び散る。 小笠原は学ランとシャツにそれがかかってしまっている。余韻でまだ力が入らず、びくびく震えながら声を抑えた。小笠原は息を荒くしながらこちらに顔を近づけたかと思うと、首に唇を押し付ける。するとそこに急に痛みがはしり、思わず声があがる 「いっ…あっ…あ」 「っ…もっと、色んなところに付けておけばよかった」 何をしたのかよく分からなかったが、同じように鎖骨や首周りに何度も唇を押し付けられる。 その度に小さな痛みを感じた。 「はぁっ…はぁ…あ…っん…」 「…ごめんね、余裕なくて。ちょっと今から拭いたりするから」 そう言うと俺を抱えて床に座らせる。ティッシュでまず、穴の中から垂れた小笠原のものを拭く。その刺激も甘美なものに感じてしまい、体が震えて吐息が漏れる。次に俺の腹あたりのものも拭き取ると、最後に自分の制服についたものを拭いた。 「はぁっ…ん…わりぃ…制服…汚し…」 「ん?あぁ、いいよ、こんなの。すぐ拭いたから跡とかそんなないし、もう夏服の移行期間だから。ていうか、謝るの全部俺の方だしね。まぁ反省は全然してないけど!」 「は…お前…やっぱ、ぶっ殺す…」 まるで酔いが覚めたような感覚だった。実際は飲んだ酒はきっとのこっているのだが、さっき心を委ねそうになったのは馬鹿だった。 それと同時にやはり羞恥がこみ上げてどうしようもなくなる。 「物騒だなぁ。でも、双木くんはそうじゃなくっちゃね…。そうだ、明日のつもりだったけど、できそうなら今日のうちに準備進めちゃうから。よろしくね」 「だから、準備って…な…」 「まぁ、いいからいいから…」 良くねえよと言おうとしたが、声が掠れてもう出なかった。小笠原は俺に下着とズボンを履かせる。自分で履けるからいいと言ったが、また動画で脅された。終わったら消すと言ったくせにその気は無いようだった。 とりあえず制服を着て、立ち上がろうとする。 小笠原はすかさず手を差し出し、補助をした。 「っ…自分で歩ける…痛みは、慣れてる…」 「そう?もう行って大丈夫なの?」 「うる、せぇ…いつか覚えてろ」 「ちょっと素直になるのはえっちしてるとき限定なの…?まぁそこが可愛いんだけど」 「っ…うるせぇ!!」 本当に、さっきまでの出来事がすべて嘘のようだ。小笠原の腕をはらって歩きだそうとすると、腰の痛みと、力がうまく入らないせいでその場でペタンと座り込んでしまった。 あわてて小笠原がまた手を差し出すが、その時、体力と精神力の限界だったのだろうか。目の前が急に暗くなってそのまま意識がフェードアウトしていった。 消え入る意識の中、小笠原の声と、6限が終わるチャイムの音が聞こえた。

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