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第23話Contract

校舎内へと戻ると、まだ学校に残っていた生徒は俺たちのことを見て何やら話しているようだった。それもそのはずだ。小笠原は人当たりがよく人気も高いため校内では有名人。一方俺はガラの悪い不良生徒で、逆に知らない者はいなかったのかもしれない。その二人が肩を貸しながら歩いていたら誰だって驚くだろう。 ヒソヒソと話しているようだが、『喧嘩でもしたの?』『どうしてあの二人が?何があったの?』『ヤンキーの方歩けないみたいだけど』と、話の内容は丸聞こえだった。見世物のようにされて腹が立つ。しかし今小笠原を突き放しても、俺が自立できないのは充分わかっていた。 「双木くん、荷物とってきてあげるからてきとうな席座って待ってて。席どこ?」 「…一番後ろの窓際」 「いかにもって席だね〜」 「うるせぇ、行くなら行けよ…あ」 机の中のものも取ってきて欲しかったのだが、ここでこいつに頼み事をするのも気が引ける。言おうかどうか迷っているとあっちから訊ねてきた。 「ん?なんか他にもあるの?」 「…いや、机の中のもん…一緒に」 「あぁ、分かった。なにか入ってるの?」 「いや、授業のプリント…5限分の」 「…え?なんで?」 「は…?次の授業で分からなくなるだろうが」 当たり前のことを言っただけのはずだったのだが、小笠原はぷるぷると震えて口元を抑えている。 「っ…ふっ…いや、ごめ…うん。けっこう真面目なんだね」 よくわからないがものすごくむかつく。小笠原は笑いをこらえながら「ちょっと待ってて」と言ってまず隣のクラスへ荷物を取りに行った。 その間、俺は自分のクラスのてきとうな椅子に座って待っていた。自分で荷物を取りに行こうとも思ったが、やはりうまく歩けそうにない。 早く来ないかと待っていると、入口に人影が見えた。小笠原が来たのだと思い顔を上げると、違う人物だったことが分かる。その人物は俺のことを見ると少し目を見開き、間を置いて口を開いた。 「…少しいいか。そこは、俺の席なんだが…」 恐らく同じクラスには間違いないのだが、なんせ関わりがないので名前まではわからない。小笠原と同じくらい身長が高く、顔は覚えがある。確か剣道部のやつだった気がするが、無口で物静かなためあまり記憶にない。 「あぁ…悪い」 退こうとすると、立った瞬間腰がふらつく。なんとか耐えようとしたが、足に力が入らず少しよろける。俺が転ぶと思ったのか、その男は咄嗟に手を伸ばして俺を支える。 「…大丈夫か。保健室にいたんだろう。気をつけろ」 そう短く言うと、自分の机から何かを取り出して俺を座らせた。その後は特に何も言わず、一礼して教室を出ていった。 俺みたいなやつによく親切に出来るな。そう思いながら呆然としていると、再び人影が現れる。今度はそれが小笠原だとわかった。 「今出てったの誰…?双木くんの友達?」 「剣道部の…名前は知らねえ」 怪訝な顔をしてたずねてくる小笠原に、面倒くさそうに答えると、なぜか満足そうに微笑んだ。 「ふ〜ん。そっか、ならいいや」 小笠原は教室の端まで行って俺の荷物とプリントを回収し、再び俺に肩を貸して歩きはじめた。 校舎を出ると、外は先程よりもまた暗くなっている。まだ7月なので真っ暗というわけでもなかった。自分の家の方へ歩こうとすると小笠原に引きとめられる。 「待って、俺の家こっちだから。」 「誰もお前の家行くなんていってねぇだろ…」 「だから、今知り合いに頼んで双木くんの家のなか整理してもらってるんだってば。だから行けない。ほら、おいで」 半ば無理矢理小笠原の家があるという方へ連れていかれる。自分ではうまく歩けないから完全に主導権を握られてしまった。道中、小笠原は自分のことを勝手にペラペラと喋っていた。 そこで分かったのは、小笠原の父親は医者で、学校の最寄りから2駅ほど先にある大きな病院を経営していること。跡継ぎの兄とは違い、放任されているため自由に一人暮らしができていること。どちらにしても自分とは住む世界が違うと思った。 十分ほど歩くと、大きめの家々が建ち並ぶ住宅街へ来た。その中でも一際大きく、シンプルで現代的なデザインの2階建ての家の前で足を止める。 まさか、ここが?そんな訳ないと表札を見ると、しっかり『小笠原』と彫ってある。 この家に入るのは、少し気が引けてきた。 「なにしてるの?早く入るよ」 小笠原に急かされ、一緒に家の中へと入る。まずカードキーで扉を開けたことに驚いた。 中に入ると、とてもシンプルで広く、洒落ていた。靴を脱ぎ、リビングへと誘われる。 リビングに入ると、その有様に思わず息を呑む。 「きったねぇ…」 「え?そう?ゴミとかはちゃんと捨ててるよ」 リビングもとても広く、高校生の一人暮らしの部屋とは思えなかったが、綺麗とは言えなかった。恐らく整理整頓が苦手なのだろう。主に服や購入品などが脱ぎ捨てられたり、積み上げられたりしている。 「いや、片付けろよ。服も洗濯しろ」 「…なんか双木くん、お母さんみたい」 「うるせぇ!お前の生活力が無さすぎんだよ!どうやって今までひとりで暮らしてたんだ…」 「うーん…ハウスキーパーを雇ってた時もあったし、家に来た女の子がやってくれることもあったからわかんないや…」 ダメだ。次元が違う。じゃあ今は本当に何もしていないのかこいつは。キッチンに案内されるが驚くほど綺麗で使った形跡があまりない。 2階の部屋に関してはほぼ使っていない部屋ばかりで、綺麗というより何も無かった。 「飯とかどうしてんだ…」 「出前か外食かな?ハウスキーパーとか女の子が作った食べ物はあんまり食べたくないかな。好き嫌い多いし、それ伝えるのなんか嫌でめんどくさいから」 「…お前料理もした事ねえのか」 「料理…?だってできないし。あ、でもでも、最近カップラーメン作れるようになったんだよ。味も安っぽくて凄い新鮮!」 思ったよりもこいつは本当に坊ちゃん基質なのか。非の打ち所がないとは言われているが生活力だけはまるで無い。女はこういうのもギャップとかいう言葉で済ませるのか。ありえない。 「はぁ……」 「なんでため息?双木くんも男一人暮らしなんだからそんなもんでしょ?」 「んなわけあるか!…金ねえし、母親も働いてたからそんときからは自分で家事くらい…っ」 まずい、余計なことまで喋った。 あいつは、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしたかと思うと、目を輝かせ始めた。 「凄いんだね…!二中の狂犬として恐れられていた双木勇也が」 「うるせぇ!いい加減それ言うのやめろ…」 「え、じゃあ、ご飯作れたりする?」 「…………………まぁ」 「作って作って!」 最悪だ。薄々そんな予感はしていたが。どうして俺がこいつの生活の世話までしなきゃならないんだ。それともそのつもりで呼んだのか?いや、でも家事ができるとは思われていなかったようだし。 「いや、どうせ食材もねえんだろ。それに俺はお前の家政婦じゃねえんだよ」 「いや、食材は使わないけど定期的に冷蔵庫の中身をハウスキーパーさんが更新してくれてるから多分何かしらあるよ。家政婦のつもりないよ、ただ前のアパートで暮らせなくなったら双木くん死んじゃいそうだったから…」 冷蔵庫を更新という概念があることに驚きだが、ハウスキーパーも見かねたのだろう。ということは今までいくつもの食材が無駄になったということか。 確かに、あの家で暮らせなくなったら死んでいたかもしれない。きっと働いたところで高校生がひとりで暮らすのは流石に無理があった。そもそも、雇ってくれるところもなかっただろうが。 「…何作ればいいんだよ」 「え?」 「だから作ってやるっつってんだよ!!!」 「ほんと?!なんでもいいの?…えっとじゃあオムライス!あ、でもグリンピースは入れたら嫌だよ。鶏肉じゃなくてソーセージがいい。」 子供かよ。正直俺が女だったらドン引きしている。何故幻滅しない?いや、俺はそもそもこいつのもっと黒い部分を知っているからなのか? 「…分かった、キッチン借りるぞ…あ」 「どうしたの?」 「…歩けねえから…その」 「あぁ、分かった。じゃあ俺が後ろから支えてるよ。料理してるところ見たいし。」 苦渋の選択だが、火の周りにいる時や包丁を使っている時に腰が抜けたら危険だし、仕方がない。 手を洗ってからキッチンへ行くと、本当に冷蔵庫の中身はしっかりとしていた。どれもいい食材ばかりで使うのがはばかられるが、とりあえずオムライスの食材と、前菜やスープが作れるものを選ぶ。 「ねぇ、双木くん」 「あ?んだよ邪魔したら殺すぞ。」 「え、こわ。そうじゃなくて、これから俺の家に住む代わりに…ていうか住むのはもう決まってるし手続きも済んだんだけど。双木くんは家事とかやってくれない?勿論生活費は全部こっちから出すし。」 確かに、与えられた条件としては悪いものではなかった。しかしその前にこいつは極悪非道であって、何をしてくるかわからない。 ただ、もう勝手に手続きを済まされているなら俺にNOと答える権利はないのだろう。 動画の件もある。俺はこいつが言うことに変に反対はできなかった。 「…嫌だって言ったらどうなる」 「え、嫌じゃないでしょ?」 だめた。会話が成り立たない。 こいつとまともに話そうとするのは時間の無駄だ。 「…わかった。でも、絶対変なことするんじゃねえぞ。」 「やった〜。変なことって何かわからないけど、これで契約完了だね!あ、そういえば双木くんの家の書類とか印鑑とか俺が全部持ってて、手続きにも使わせてもらったから。」 平気で犯罪まがいのことを報告してくる。 しかし今の俺には断る術がないから仕方が無い。 もし何か変なことをしてきたらその時は出ていってやろう。 こうして、俺と小笠原の契約が強制的にとりきめられることになった。

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