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第24話Warmly

調理を開始したが、後ろが気になってしょうがない。支えてもらっているため不平を言える立場ではないが、支え方が想像していたものと違ったのだ。小笠原は俺の後ろに立ち、腰に手を回して密着していた。確かに、両手が自由になるし危なくはないが、頭の上にあごを乗せてきたり、時より耳に息を吹きかけてきたりと落ち着きがない。 率直に言ってうざかったし、あの夢を見たあとだから人と触れ合う恐怖が少しあった。 「次は何するの?」 「玉ねぎ…」 工程をいちいち質問されるのも面倒くさい。本当にキッチンに立ったことがないのだろう。やりたいと言うから包丁を持たせてみれば、持ち方すらまともでなかったので取り上げた。 「これなんていう切り方?木端微塵?」 「間違ってはねえけど……あっ」 玉ねぎを切っていると、目にしみて涙が流れてきた。うっかり自分の手で涙を拭ってしまい、更に涙が止まらなくなる。ティッシュかなにかで拭こうと手を止めた。 「えっ、なに…なんで泣いてるの?」 「…いや、玉ねぎが…ティッシュ…どこに」 「あ〜なんだ良かった…はい、これ…」 「…?早く渡せよ」 「いや、ちょっと、待って…」 「………っ!!てめぇ!」 ティッシュを受け取ろうと手を出しても何も渡されないので、振り返ろうとすると腰のあたりに違和感を覚える。何か…硬くなったものが当たっている。 「いや、ほんとにごめん!違う、これは不可抗力で」 「なんで今そうなるんだよ!!おかしいだろ!!」 「双木くんが泣くから悪いんでしょ?」 「はぁ?!おい、離れろよ!」 「えぇ…」 するとパッと小笠原が離れる。 俺はバランスを崩しそうになった。 「危ねぇから離すな!」 「いやどっちなの!!」 結局、さっきの体勢のまま調理を続行した。 腰にそれを擦り付けて来るたびに肘で制しつつ、食事を完成させた。久々にこんなに叫んだのでもう喉が痛い。作っている合間に水分を摂取したら、喉にしみて痛かった。酒を飲んであれだけ声を出したから当たり前だ。屋上でのことを思い出すたびに憂鬱な気持ちになった。 「できた…けど」 「おいしそ〜いつのまにスープとか作ったの?気づかなかった……あ〜なんか、これ」 「なんだ、なんか変なところあったか?」 「なんか…新婚みたいだね」 「死ね」 こいつのペースに巻き込まれてはダメだ。あれだけされておいて平常心で過ごせない。逆にあいつはあれだけしておいてよく普通でいられるものだ。まだこいつについて分からないことが多すぎる。詮索をいれたいものの妙に隙がない。 「ひどくない?さっきも何発か鳩尾に肘鉄されたし…」 「いいからさっさと席つけよ」 「ガン飛ばしてるけど言ってることは優しいんだよな〜」 そんなことを言いながらあいつは嬉嬉として食卓につく。ダイニングテーブルは一人で使うには大きく、また高価そうなものだった。 「じゃあ、いただきます」 小笠原は律儀に手を合わせて食べ始める。普段どんなものを口にしているか分からないから、じっと見て反応を待つ。文句を言ったらすぐに殴れるように準備をした。 「…おいしい…双木くん、ほんとに料理うまいんだね…料理できるアピールしてくる女の子と比じゃないくらいおいしい」 比較対象になんとなく腹が立つが、本当に美味しそうに食べるから思わず安堵してしまう。喧嘩以外で褒められることはあまりなかったからすこしこそばゆい。 「ぁ…あり…」 「ん?なんか言った?双木くんも食べなよ」 「いや…その、あ…り…がと…」 ありがとうなんて言葉久しく使っていなかったから、恥ずかしくて段々声が小さくなっていく。 まともにあいつの顔を見れないので、自分も料理を口に運んだ。 「え…なにそれ…双木くんありがとうなんて言える子だったの…?!」 「うるせえ…」 「あ、待って無理、さっき収まったのに…やっぱりご飯の前に双木くんを食べ」 「うるせぇ黙って飯食え!!」 「…はーい」 その後は黙々と食事をとった。なにか質問しようかとも思ったが、黙れと言った手前こちらからも話しかけられなかった。小笠原は俺よりも早く平らげて、満足そうに席を立ち上がりソファに座ってテレビを見ていた。 俺は食べ終わってから二人分の食器を洗い、鍋に残ったスープは容器を移し替えて冷蔵庫にしまう。 「…そういえば、女とかハウスキーパーって…」 ふと思ったことを口にする。 常に出入りしているものだったとしたら、俺がこいつの家にいるのはどうなんだ。 「双木くん住ませるからもう呼ばないよ。先月くらいまでは来てもらってたけどね。俺好きな子できたらその子には一途だし。なに、嫉妬?」 「断じて違う」 「……あ、でもハウスキーパーは時々くるかな…冷蔵庫のもそうだし、掃除とかあるから。でもおば様だから大丈夫だよ。」 何が大丈夫なのかは知らないが、女が来ないならそれで良かった。鉢合わせて変な空気になったら絶対嫌だし、こいつの評判的にも良くないだろう。いや、こいつの評判なんて俺にとってはどうでもいいのだが。 それにしても本当に…今日犯した奴と犯された奴が一緒にいるこの空間が摩訶不思議だ。ビデオで脅されているとはいえ、契約をしてしまった。 もちろんこいつに好感なんてものは一切ないが、正直生活が苦しい俺にとっては好条件だった。 買収された仲間のことや、こいつが何度が連絡を取っているらしい相手について知りたかったが、聞くタイミングがうまく掴めない。 すると、小笠原は急に立ち上がってテレビを消した。 「そろそろ風呂入ろうかな…バスタブにお湯入れてくるね、これは自分でできるから!」 当たり前だろ、と心の中で返事をする。 いくらか腰も楽になってきたので、散らかったリビングを片付けることにした。 小笠原のものと見受けられる服が点々と落ちている。汗の匂いなどはしないのでとりあえず畳んでソファの上に重ねていく。 散らばった漫画や雑誌、未開封のダンボールなど、全てまとめて整理する。 すると、大分片付いてきた。確かにゴミなどは落ちていない。ただ単に一回出したものをしまうことが出来ないタイプの人間のようだ。 ひと通り片付けてソファに座っていると、廊下から足音が聞こえてくる。 「準備できたよ。先入ってきて」 「あ、あぁ…」 案内されて浴室へ行くと、脱衣所だけでもすでに広かった。小笠原が出ていくのを確認して扉を閉めると、今日の疲れがどっと出てきて大きなため息をついた。

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