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第27話Distortion
二階に上がり、小笠原の部屋に入る。
リビングほどものは散乱しておらず、むしろものが少なくて質素だった。気になることといえば積み上げられたダンボールくらいだ。どれもネット通販のものらしい。
ベッドはセミダブルサイズで、シングルよりは大きいが一人で寝るのに最適なサイズだろう。
床でもソファでも寝られればどこでもいいのだが、小笠原に視線を送る。
「ん?早くベッドインしたいって?」
「ちげぇよ!お前はひとりで寝てろ。俺はソファ使ってもいいならリビングに…」
「え?一緒に寝るけど。」
「いや、でもこのサイズじゃ」
「双木くん小さいし大丈夫じゃん?」
「なっ…」
また気にしていることを言われて眉がピクリと動く。ただ、これ以上こいつに何を言っても無駄だと分かったので渋々了承した。
「あれ、双木くんピアスつけたまま?風呂のときに外せばよかったね。」
「ん…ああ、忘れてた」
「こっち3つ付いてるのに…もう片方はひとつだけ?」
「いや、喧嘩の時に引きちぎられそうになったから、穴埋めた。」
あの時は本当に焦った。耳たぶを切ることは無かったが、少し穴が広がりそうで痛かった記憶がある。小笠原の耳は綺麗で、ピアスは空いていないようだった。
「うわ〜痛そ。切れなくてよかったね」
「お前は…耳、処女なんだな」
「……いきなりいやらしい単語出さないでよ、ドキドキしちゃうじゃん。」
「そういうつもりで言ってねぇし」
「分かってるって。俺、中学の時は開けてたけど今は塞がってるだけ。また開けようかな〜」
確か、うちの高校ではピアスは校則で禁止されている。風紀委員になったくせにそれでいいのか。そう思っていると、心の中の疑問に答えるように喋り始めた。
「ピアス禁止とは言われてるけど、穴だけ開けて学校でつけない分には大丈夫らしいよ?ガバガバだよね〜。まぁ風紀委員に立候補したからにはあまりギリギリなことも出来ないけどね。」
「え…お前、ジャンケンで負けたって」
「え?嘘だけど。風紀委員だったら双木くんに近づく口実になるかなと思って。まぁ実際なんでも良かったけどね。」
その時点でもう嵌められていたのかと思うとゾッとする。一体いつからこいつはその計画を進めていたんだ?まさか中学時代なんてことはないだろうな。
若干引いた顔をしていると、小笠原は苦笑してまた口を開いた。
「おいで、ピアス外してあげる。」
ベッドに座ってポンポンと自分の隣に座るよう催促してくる。自分でやるからいいと言ってもどうせ強行されるので、しょうがなく小笠原の隣に座る。すると耳にふっと息をかけられた。
「んっ…なに、すんだよ」
「ごめんごめん、ついうっかり」
小笠原は妙にゆっくり、丁寧に一つずつ外していく。指が耳を掠めると、どうしても体が震えて反応してしまう。それを楽しみながら、全てのピアスを外し終えたかと思うと、最後にピアスのついていた耳たぶを甘噛みした。
痛みというよりは、吐息が耳にかかって、微妙な歯の刺激がくすぐったい。身をよじって小笠原を睨みつけると、また上機嫌に笑った。
「ってめぇ、いい加減に…!」
「ごめんって、悪いと思ってるよ」
頭を引き寄せられて、こめかみのあたりに口付けされる。どうして恥ずかしげもなくこういうことができるのか、女にするのと同じような扱いをされているのがいまいち理解できない。未だに、自分は嵌められているのではないかと思う。いつ誰が殴り込んできたっておかしくはない。
実際高校に入ってすぐ、一人になった俺を潰そうとするやつらもいた。人数も喧嘩も大したことなかったので負けはしなかったが、集団戦術を使えない今、小笠原のような奴に勝てる気がしない。
そう思うと、今ここにいるのも不安で仕方なかった。「好き」や「愛してる」という言葉が耳に残るが、あんなものは口でなら誰だって言える。
それでも、小笠原の切なそうに囁く声が耳から離れない。もう何も、信じたくはないのに。
「……落ち着いた?」
「…っなにが」
「考え事してたみたいだから」
「別に………っあ」
小笠原から視線を逸らすと、そのままベッドに倒されて、引き寄せられる。小笠原の腕の中に閉じ込められるように抱きしめられた。なにかされると思い、離せと胸を押し退けようとしたが、動く様子はない。
そして、手を伸ばして何かを取ったかと思うとそれを操作して部屋の電気を消した。
特に何もしてくる様子はない。ふいに、耳元で吐息が聞こえた。
「…双木くん、今でもまだ死にたいと思う?」
「っ……わからねぇ」
「君に何があったかは知らない。話したくないなら話さなければいいし。俺がやったこともすごい酷いことだってわかってるよ。でも、こんなに夢中になれるの初めてだから…俺は本当に双木くんのこと…。いいや、あんまり言うと嘘っぽくなるしね。長く話してごめん。おやすみ」
一方的に話しかけてきたかと思うと、本当にすぐ寝てしまったようで寝息が聞こえる。
こいつが本当に俺のことを好きなのだとしたら、きっとその愛は歪んでいる。本当にこいつが何を考えているのかわからない。わからないから何も出来ない。決して好印象はない。それでも気に留めてしまう何かがある気がした。
酷いことをして、俺のことを脅して、こんな、俺みたいに人間として出来の悪いやつに構わないでほしい。俺もこいつも、お互い一緒にいるべき人間ではないのだから。
自分の考えもわからない。俺はどうしたい?死にたいのか?両親だった者達の記憶は、思い出すたびに心身を蝕む。
でも小笠原は…どうやってそれを消してくれたのか。どうしてここまでするのかわからない。
愛されたことがないから、愛されていることがわからない
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