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第28話Breakfast
結局、他人と一緒に寝る違和感と体の痛みが気になってなかなか寝付けなかった。考え事をしているうちにいつのまにか眠りについた。
ふと、なにか顔のあたりに違和感を感じて目を覚ます。まだズキズキと腰が痛む。酒を飲まされたせいだろうか、頭痛もひどかった。
目を開けてみたが、小笠原の姿が見えない。
それと同時に、なにか鼻をつく匂いがする。
違和感を感じた顔を手で触ると、なにか粘着質な液体がついているのがわかる。寝起きで何が起こったか分からず、自分の手のひらを見ながら起き上がると、ベッドの側から小笠原の声がする。
「あっ…意外と早起きなんだね」
小笠原を見ると、何故か下着と制服のズボンを焦って履いているのが見える。
小笠原と自分の手についたものを交互に見て、やっと頭が働いてきた。それを理解した瞬間、頭に血が上ってきたのがわかる。
「…おい…てめぇ…!!」
「なに?おはよう双木くん。まだ7時だよ」
スッキリしたとでもいうような顔で無駄に爽やかな挨拶をして、ティッシュを取り俺の顔についたものを笑いながら拭う。
流石に頭にきて殴りにかかった。
「朝から何してくれてんだ…!!」
「うわ、危ないな〜。手についたの汚いから拭きなよ」
「…っこれはお前が出したんだろうが!!」
呆気なくかわされ、空を切った拳が怒りで震える。本当にありえない。朝っぱらから顔にぶっかけられて怒らない人間がいるものか。
「違う、釈明させて」
「何が違うんだよ!」
「俺は昨日あれだけ我慢したの。ついでに昨日届いたモノをさっき試してたわけ。それで結構効き目が良くて…」
「…なんの話だ」
「いや、それはこっちの話…それで、双木くんの寝顔見てたら…その、あまりにも綺麗で…昨日はあんなに悪態ついて目付きも悪かったのに寝顔は天使みたいな」
「…くどい」
「ムラムラしました。」
「死ね…!」
長くため息をついて小笠原を無視し、ベッドから降りる。腰の痛みが若干残るがなんとか歩きながら部屋を出た。小笠原がついてきながら何か言っているが全て無視する。イライラしながら歩いていると、下りの階段が思ったよりもきつくて、そのまま足を滑らせた。ああ、つくづくついてないなと思い、衝撃に耐えるため受け身の体勢を取ろうとすると、体が何かに支えられた。
「…危ないから気をつけろよ」
小笠原がそう呟き、俺の体を抱き上げる。
離せと言いたいところだが、ここで離されては逆に危ないし一応…一応助けてもらったのだからそのままじっとする。小笠原は俺を抱えたまま一階まで降りていった。降りきったところで、床に降ろされる。
「…その、悪かった…。」
「ううん。無理しないでね。俺もついうっかり顔にぶっかけちゃってごめんね」
「それは許さねえよ」
「なんで?!」という小笠原の声を背に洗面所へ向かう。ハンドソープを手に取ってまずは手をよく洗った。
その後顔を何度も擦りながら洗い、匂いがついていないか確認する。
「洗い方雑だな〜ちゃんと洗顔料使いなよ。髪まで濡れてるんだけど。」
「お前が汚さなきゃいい話だろうが」
「本当に悪かったって〜」
「…っくそ……おい」
「『おい』じゃなくて『遥人』って呼んで欲しいな〜」
「はぁ?知るかそんなもん」
「……酷いな。それで、どうしたの?」
「その…髪…」
私物がないためワックスを借りたかったのだが、伝わっているだろうか。こんなやつに頼み事をするのは本当に心が削れる。
「あぁ、ワックス?いいよ使って。セットしてあげようか?」
「それはいい」
つまらなそうにする小笠原を尻目に、借りたワックスでてきとうに髪をかきあげる。特にセットという感覚でやったことはなかった。小笠原は、制服に着替えて髪のセットも完了させているようだった。一体何時に起きたんだ。
「…制服…どこからが規則違反なんだ?」
「規則違反ねぇ…俺はシャツ入れてないし中にTシャツも着てるけどなんも言われないと思うよ。学ラン着てる時期はちょっと厳しいけどね〜だから怒られるんだよ、双木くん」
「めんどくせぇ校則だな…」
生徒手帳を見ても服装の記載がないから全く把握していない。集会で言われているのかもしれないが、俺のような生徒が起きているのも変なのでとりあえず寝ていたからか知らなかった。
「あ、俺が朝食作ったから双木くんは着替えてきてね。」
小笠原が朝食を作ったと聞いて嫌な予感しかしないが、言われた通りに二階に上がった。
部屋に入ると、さっきは気づかなかったがラックに俺の制服と小笠原のものであろうワイシャツがかかっていた。自分の服は洗われているし仕方ないと思いながらワイシャツを手に取る。袖を通してみると少し大きい。袖をまくって学ランを着る。
腕の傷が見えるのは嫌なので学ランの袖で隠すしかなかったのだが、だいぶ暑い。首元も隠したいので、第二ボタンまでは閉める。しかしそれでもまだ少し小笠原に付けられたものが見えてしまう。それでも第一ボタンまでは閉めたくないのでなんとかこれで妥協することにした。
制服を全て着てから、今度は慎重に階段を降りてリビングへ向かった。
リビングに入ると、テーブルの上には食パンにスクランブルエッグのようなものが添えてあるものがあった。そして、その隣には禍々しい色をした謎の液体が入ったグラスが置いてある。
「パンとスクランブルエッグと…この気持ち悪い色してるのなんだ…?」
「え、それ目玉焼きだったんだけどな〜…グラスに入ってるのは俺の特製ジュース。体に良さそうなもの全部ミキサーで混ぜたから、腰も痛みもきっと治るよ」
どう考えても人間の飲み物には見えなかったが、とりあえず食卓につく。食べ始めると、当たり前だが食パンはうまかった。卵に関してはなんとも言えない味で、禍々しいジュースはまだ手を出していない。小笠原が飲めというように視線を送ってるくるので、おずおずとそれを口へ運ぶ。息を呑んで、ゆっくり流し込むと、実際味はそれほど不味くはなかった。しかし、独特の苦みのようなものがあり好んで飲みたくはない。
「隠し味が入ってるからね〜きっと後で喜んでくれると思うな」
得体の知れないものが入っていなければとりあえずなんでもいい。なんとか飲みきって、食器を洗った。
「もうすぐ8時だ、一緒に行こ?」
「それは…いやだ」
「えー…なんで?だめ?」
「お前といると目立つし…俺は毎日ギリギリに登校するから、いい…」
「もしかして、ギリギリに来てるのってわざと…?」
「いや、俺が早く来てたらおかしいだろ、なんか…」
自分で言っているのが恥ずかしくてだんだん口ごもるように喋る。それを聞くと小笠原は、顔を手で覆い、何かに悶えているようだった。
「…あー…かわいい…」
「あ?」
「いや、何でもない。うん、そういう事ならそろそろ出ようかな…」
そう言って口元を抑えながら、小笠原は自分の荷物を手に持った。
そしてポケットの中から、何かを取り出す。
「これ、うちの鍵だから。ちゃんと戸締りして出てきてね。」
「おう…わかった。」
「やっぱり…すごい新婚みたい」
「死ね」
最後まで名残惜しそうに、何度もリビングに顔を出してから家を出て言った。結局、小笠原が出るまでに時間がかかってその後すぐ俺もでることになったのだが。
このときは、まだ気づくことができなかった。
朝食の時点で気づくべきだったんだ。
また、あいつに嵌められることになる。
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