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第37話Confusion
一度出したから、今なら一人でも家に帰れるかもしれない。熱でふらついてはいるが、小笠原が来るまでここで待っているというのも難しい。
だが、あいつの家に帰るのもどうなんだ。今日は一度自分の家に行ってみるか、まだ荷物が運び出されていなければなんとかなるかもしれない。事情を全て話すわけにはいかないが、引越し業者か何かならなんとか言いくるめられるだろう。
再びドアが開き、真田が荷物を持って入ってくる。しかしその手には、俺の荷物とは別に、リュックサックをにぎっていた。
「おい…それ、なんで」
「その熱で帰るの大変だろ?家の人に連絡してもらおうと思って職員室行ったら一人暮らしだって聞いたから、そんなに遠くないみたいだし送っていくよ」
「いや、いい…そんなに迷惑かけられねぇし」
「いいって。実は俺もそっちの方住んでるから」
「そういう問題じゃ…」
「ほら、行くぞ!歩ける?」
どういうつもりなんだ。悪い奴じゃないのは確かだが、小笠原とはまた違う明るさがある。いや、小笠原は実際どす黒いのだが。能天気とも言えるような真田の明るさは、俺には眩しすぎる。そもそも朝だって俺はいい対応をした訳では無い。どうして今朝初めて話したやつにここまでできる?
ここの学校は頭がおかしいやつばかりなのではないだろうか。
渋っていると引きずり下ろすように手を引かれる。手首を掴まれて痛みがはしり、思わず手を引っ込めてしまう。
「いっ……」
「あっ…ごめんな、そんなに強く引っ張ったつもりなかったんだけど」
「いや、違う、大丈夫だから…」
悪い奴ではないから、尚更拒否しづらい。
どちらにせよ、誰かと触れていたらまた気が変になってしまいそうなのでなんとか一人で立ち上がる。そのときに下着がない違和感が気になってしょうがなかったが、家に帰れればそれもどうにかできるはずだ。
結局何度言っても聞かないので、俺の家まで行くことになった。
……………………………………
帰路ではずっと話しかけられたが、全ててきとうに答えながらやりすごす。熱なのか薬のせいなのかわからないがとにかく熱くてぼーっとしてしまいそもそも話が全く入ってこない。普通てきとうな受け答えばかりしていたら相手も気づくはずなのだが、真田はそのままずっと一人で喋り続けた。
「双木くんの家、もうすぐ?」
「ん…」
「俺、どこまで送っていけばいい?」
「…ん」
「…じゃあ玄関までいこうか?」
「それはいい」
「うわ、いきなり普通に喋った」
ふと前を見ると、もうアパートが見えてきた。
そろそろ、これ以上着いてこられたら困る。
どこで言い出そうかと一人で考えていた。
「そういえば、双木くんって昔…」
「あ?…昔?」
言いかけた途中で、真田が急に歩を止めた。
何かを見つけたような顔をして、「そういうことか…」と呟いた真田は、慌てたように踵を返した。
「…この辺まででいいか?ごめんな、双木くん。月曜日はちゃんと治して学校来いよ」
そう言うと、真田は走って住宅街の角へ消えていった。一体何だったのだろう。とにかく、真田が離れてくれてよかった。真田の言葉から、ああ、今日は金曜日か、とふと思った。
服が擦れないように気を遣いながら階段を上がっていく。階段から外を見た時、アパートの側に見たことのない黒塗りのベンツがあった。不思議に思いながら自分の家へ向かう。
2階に上がると、うちのドアの前にいかつい男二人組がいる。一人はガラの悪いサングラスをした男で、もう一人は小太りで日に焼けた男だった。その風貌からして、どうやらあのベンツの持ち主ではないかと思われる。〝いかにも〟といったヤクザの格好をしているその二人は、俺に気がついてこっちを見た。
『なんだ…近隣住民か?』
『虎次郎さんにどやされる前にさっさといこうぜ』
『それもそうだな…鍵は後で探そう』
そのコジロウさんとやらが誰かは知らないが、俺の家で何かをしていたのは明らかだ。
地上げ屋か?いや、しかし母親は金の問題を起こすようなことはしていない。となると父親のほうに何かあったのか、あまり働かない頭で必死に思考を巡らせる。思い切って声をかけることにした。
「…そこ、俺ん家なんすけど」
『あぁ?…おい、どういう事だ』
『俺に聞かれてもわかんねぇよ、女じゃなかったのか?』
『めんどくせぇことになってんなぁ…おい、クソガキ』
クソガキと呼ばれ、少し不快感を顕にして顔を上げる。一体なんの話をしているのか検討もつかない。相手は随分イラついているようだった。
「………」
『チッ…なめた顔しやがって…』
『ここに住んでた女知らねぇか。ちゃんと答えねえと痛い目みるぞ』
「女…って、俺の母親のことか?」
『ちげぇ、そうじゃねえよ…おい、幾つって言ってた』
『息子の方と同じっつってたから…丁度このガキと同じくらいじゃねえか』
『…おいガキ、お前まさか女じゃねえよな?』
「はぁ?ちげぇよ」
まずい、思わず強い口調で言ってしまった。
この手の大人とやりあったことはないし、なにより二人ともガタイがいいから俺一人ではどうにもできない。話の筋も見えないしどうすればいい?
『なめた口聞きやがって…!!』
小太りの方の男が殴りかかってくる。身構えたため咄嗟に避けることが出来たが、反動でその場に倒れる。熱があるせいですぐに立ち上がれず、もう一発殴りこまそうになり、もうだめだと思った。その時、足音とともに男の低い声が聞こえる。
「おい、お前らそのへんにしとけ。」
その男は、身長が物凄く高く、威圧感があった。歳は40代といったところだろうか。黒いスーツに身を包み、そこの二人よりかは少し品がある。何かの面影を感じたようなきがしたが、それが何かは分からなかった。
男が声を発すると、殴りかかっていた小太りの男は手を引っ込める。
『こ、虎次郎さん!』
『その、鍵探したんですけど…このガキがここの住人だって言い張るんです。どういうことですか?!』
「…あぁ、なるほどな。多分このガキが言ってることは間違ってねえぞ」
「…さっきから、なんの話を…」
俺だけ全く話についていけていない。自分のアパートに行ったらヤクザがいて、女はどこだの何だのと聞かれて、わけがわからない。
大男が俺に向き直り、深々と頭を下げた。
「うちの組のもんが悪かったな…恨まないでくれよ。遥人の〝お気に入り〟っていうのはお前のことだな」
「遥人って…小笠原?!」
その口から出たよく聞き覚えのある名前に反応する。小笠原と何か関係があるのか?あいつの家は病院のはずだし、繋がりが見えないのだが…
『本気で言ってるんですか…?俺は、てっきり女かと…』
「まぁ、説明はめんどくさいから遥人から聞いてくれや。さっき遥人から連絡があった。このガキ見つけたら遥人の家に連れて行って欲しいそうだ。『金髪、ピアス、綺麗な顔』だってよ、あながち間違ってねえだろ。」
頭が追いつかない。何がどうなっているのか、頭を整理しようとしているうちに、いつの間にか体を抱え上げられた。ジタバタと抵抗するが、二人がかりなのでどうもできない。もしかしたら俺は、ここで死ぬのかもしれないと思った。
男達は、俺の口にガムテープを貼り、体もテープで巻き付けて拘束した。そのまま抵抗もできず黒塗りのベンツに押し込まれるのだった。
「悪いな…言葉で説明するのは苦手なんだ。俺達はただ連れていくだけだから大人しくしててくれよ。20分程度で着くだろう……ったく、遥人のやつもこじらせてんなぁ」
口のガムテープが剥がされたかと思うと、鼻と口を抑えるように布があてられ、その匂いを嗅ぐと意識が薄れていった。
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