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第38話Distantー遥人ー

5限に途中から参加したはいいものの、勇也のことが気がかりでしょうがない。また酷いことをしてしまった。苦しいに決まってる、また俺のこと嫌いになったかもしれない。昨日と今朝の勇也があまりにも愛おしくて、俺も調子に乗った。 抵抗してくるものだから、手荒な真似をしてしまった。それでも、あのときの勇也の絶望した表情が忘れられない。 思えばいつからだろう、俺がこんなに歪んでしまったのは。目を閉じて、昔のことを思い返した。 ……………………………………………… 遥人という名前は、あまり好きではなかった。 兄の名前は叶人。母曰く『お母さんの夢を叶えてくれる子』だから叶人。確かに兄は何でも卒なくこなした。自慢の兄だったが、どこか俺を見下しているようだった。将来父の病院を継ぐのも兄で、母の期待や愛情は全て兄に注がれた。 母が俺のことを嫌っていたわけでないのもわかっている。でも、いないも同然、兄のオマケ程度にしか思われていなかった。勉強は俺だって得意だったし、運動神経は兄よりもよかった。ただ褒められたくて、母から愛されたくて頑張ってきたのに、結局母の愛情が俺に向けられることは無かった。 遥人の名前の由来は『叶人の弟として相応しい名前』 それを前提に遥か彼方という言葉からとったらしい。後付けなのは当たり前だ、生まれたのは俺が後なのだから。 父は俺のことも兄のことも比べたりはしなかったが、食卓にもなかなか姿を見せないし、ずっと忙しかったみたいだ。愛情の片鱗も見せたことがない人だった。 愛されなかったから、俺の愛も歪んでしまったのだろうか。 小学生のとき、クラスの可愛い女の子のことをいじめた。いわゆるいじめではなく、個人的にずっと嫌がらせをしてきた。女の子が嫌がって泣く顔に、5年生になった頃から性的な興奮を覚え始めた。それでもみんな決まって言うのだった『遥人くんなんか嫌い』と。それで良かったし、そう言われたら「あぁ、そうか」と思って飽きるだけだった。 中学に上がってからはルックスだけで女が寄ってきた。女を無理矢理抱いて、泣かせようと思ったのに…すぐに壊れるか、勝手に喜ぶかのどちらかだった。抱いた女はすぐに『私のこと好き?』と聞いてくる。好きじゃないと答えれば勝手に離れていく。 好きってなんだ、相手に言わなければ伝わらないものなのか。愛してるってなんだ、愛ってどういう感情なんだ。何もわからなかった。 女遊びで好き勝手していたせいか、上級生の不良に目をつけられた。五中は治安が悪く、素行の悪い生徒が大勢いた。喧嘩は初めてだったが、運動神経やセンスがよかったのだろうか、上級生に勝ってしまった。そこから何度も喧嘩を挑まれたが、誰にも負けなかった。喧嘩はいい。好きなだけ殴って蹴って相手を苦しませることができる。相手が男なのが少し味気なかったが。 校内の不良生徒は全員俺の支配下にあった。 親から放任されているが故に金も好きなだけ使えたし、中学では生徒会長でもあったから権力を行使し続けた。 だが校外でも喧嘩をするとなると、うちの病院の名誉が危ぶまれる。自分が継ぐわけでもないのに、俺は小笠原の名前を汚さないよう、支配下の生徒を駒のように扱い、逆らうやつは容赦なく潰していった。 あるとき、市内の二中との喧嘩があった。うちの生徒から売った喧嘩だったらしく、とにかく総戦力で戦わせた。二中の筆頭は双木勇也というらしい。そいつを潰せと命令だけして俺は生徒会室の窓から高みの見物をしていた。うちの敷地内で戦うなら圧倒的にこちらが有利だろうと思っていたが、どうやら双木勇也は頭がいいようだ。うちよりも少ない人数をうまく使いこなしている、策略家のようだった。 双木勇也本人を見つけて、見入っていた。 体格がいいわけではないが、すばしっこくて動きがいい。柔軟性もあるようだ。近くで見てみたいと思い、身を潜めて喧嘩の様子を覗く。 とても綺麗な顔をしていた。なるほど、形だけは不良だが根性が腐ったようなやつではない。仲間思いなようで、仲間をかばって脚を負傷していた。そのとき、自分に何が起きたのか、その苦痛に顔を歪める彼を見て興奮している自分がいた。 いくら綺麗とはいえ男でそれは無いと思ったが、見れば見るほど惹き込まれて彼が好きになっていた。こんな気持ちになったのは生まれて初めてだった。 もしかして自分は男が好きだから女に惹かれないのか?そう思って〝そういう〟サイトを見てみたが、ピクリとも反応しなかったし、それならまだ女の方がマシだと思った。 双木勇也が気になって、彼のことを調べ尽くした。家の場所、家族構成、進学の志望校… 兄と同じ有名私立の高校に通うつもりだったが、彼と同じ公立の学校に行くことにした。やはり彼は不良には珍しく学力レベルもそこそこ高かった。まぁ、自分の学力なら難なく入ることが出来たが。 高校に入るとすぐに、彼の母親が死んだ。直前にアルコール依存症の患者としてうちの病院で診ていたから、自然と知ることになった。 父親のいない彼はこれからどうやって暮らすのだろう。あんな両親だから、親戚の伝もない。もしも死んでしまったらどうしよう。 双木勇也の勢力下にいた者を連れてこさせて話を聞き『双木勇也の生活の面倒は全て俺が見る。お前らにも金をやるから俺の傘下に入れ』と言い渡した。彼らは、『双木さんがそれで助かるなら』 と条件をのんだ。しかも彼らは金を受け取ることは無かった。同じ不良のグループでもここまで質が違うものなのかと、内心苦笑した。 ついに、勇也が自分のものになるとばかり思ってずっと浮かれていた。決行するまでにはすこし時間がかかってしまったが。 好きなだけ犯して、脅して、自分の元に置いておこう。そう思っていたのに、何かが違う。 満足したはずなのにまだ何も満たされていない。 ただただ勇也が好きで好きで仕方なくて、ずっと胸が苦しかった。酷いことをして興奮しているのは自分なのに、心の中で何度も謝りながらもそれを止められない。 そうだ、俺は母にも同じことをきっと思っていたんだ。自分が愛している分同じように愛してほしいと。 嫌われるようなことしかしていないのに、彼が愛おしくて、自分のことも愛して欲しかった。この矛盾が、自分の中の愛情という概念をどんどん曲げていったのだった。 ああ、愛しい勇也。どうしたら俺のことを愛してくれる?

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