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第44話To hospital

「ゆーや…勇也〜…?もう10時になるけど、起きられる?」 小笠原の声がする…そうか、今日は病院に行くことになっていた。 昨夜より辛くはないが、まだ熱は下がっていなさそうだ。 目を開き、ゆっくりと起き上がる。 「おはよ…大丈夫そう?」 「ん…まだ、熱…」 そう言うと、小笠原は体温計をこちらに差し出す。 今度は自分で脇に挟んだ。その時ふと思ったが、小笠原は昨日の夜どうやって部屋に入ってきたんだ?鍵は閉まっていたはずだが… 「昨日…部屋、鍵…どうやって」 「ん?部屋の鍵?あぁ、コインとか使えば普通に外側からも開けられるよ」 そう言ってポケットから硬貨を取り出して見せる。なるほど、個室の鍵は単純な構造だから最悪爪なんかでも開けられるようだ。それって鍵の意味あるのか? すると音が聞こえる。体温計を確認すると、38.2度を示していた。 「病院…いかねぇ」 「どれ?……はぁ?38度あるくせに何言ってんの?夜よりはたしかに下がってるけど…もう叔父さんに連絡もしたし、今日は絶対行くからね」 だめか…。病院が嫌いとかトラウマがある訳じゃない。単純にあまり行ったことがなかったし、医者と一対一でコミュニケーションをとるのが苦手なだけだ。 朝食はあまり食べられそうにないので、ゼリーだけを与えられそれを少し食べる。 小笠原の姿が一度消えたかと思うと、再び手に何かを持って現れた。 「はい、これ着て」 「は?なんだよそれ」 手に持っている服は小洒落た服。俺は絶対に着ないタイプの服だ。 「俺の服だけど」 「…俺のは?」 「捨てた」 「はぁ?!何でだよ!!」 「だってダサかったんだもん」 いや、だもんじゃねえよ。何してくれてるんだ。 小笠原の服は死んでも着たくない。確かに、俺が着ている服より一般的には遥かにマシというか、そちらの方がいいのだろうが。小綺麗な服なんて俺なんかが着られない。シンプルに恥ずかしい。 小笠原は、俺の着ていた服を無理矢理剥がした。 まるで本当に反抗期の息子と母親のようだった。 「くっそ…病人だぞこっちは!」 「着替えるだけじゃん!大人しく着てよ!」 「そんなもん着るなら死んだ方がマシだ!」 「あんなクソダセェ服着るよりマシだろうが!!」 いつの間にか小笠原も素が出ている。 必死に抵抗したが、呆気なく捕えられて無理矢理服を着させられた。 「……無理」 「似合ってるよ。夏物だとサイズそんなに気にならないでしょ。ちょっとシルエットゆるいほうが可愛いしいいじゃん」 めちゃくちゃ恥ずかしい。これで外に出たくない。というか、そもそも夏服では首元も腕も隠せない。手首の傷は少し目立たなくなってきたが、首につけられた小笠原の跡はいくつもくっきりと残っている。 「こんなんで外でれねぇだろ…」 「ん?…ああ、キスマークの話?いいじゃん、俺のものって感じがして好き」 「だから、いつからお前のもんになったんだよ…」 「大丈夫大丈夫、病院まで車出してもらうし」 話を逸らしやがった。 さりげなく言ったが、誰が車をだすんだ? 「車…誰が」 「上杉さんとこの誰かに来てもらうよ。虎次郎さんじゃない限りベンツとか乗ってこないから安心して。」 「…いつ」 「もう来てる頃じゃないかな…外出て待ってようか。あ、これちゃんと付けてね。」 そう言って俺にマスクをさせる。まぁ、これなら顔はほとんど見えないし…でもやっぱり外に出るのは抵抗がある。腕を引かれても足が動かない。 「…まだ」 「まだ出なくてもいいって?いつ出ても一緒だよそんなの。ほらおいで」 腕を強く引かれるが頑なに俺は動かない。 「ちょっと!反抗期の子どもじゃないんだから…!!」 小笠原が手を離す。諦めたかと思い小笠原を見ると、そのまま俺の体を抱き上げた。暴れるが離す様子はない。 「離せ…!自分で歩く!」 「離したら絶対逃げるでしょ」 そのまま一階に降りて玄関に連れていかれる。 ようやく下ろされるが、腰はしっかりと掴まれていた。ドアを開けて外に出ると、小笠原は足で乱雑にドアを閉める。こいつはどうやら足癖が悪いようだ。カードキーを差し込み、鍵をかける。 家の敷地の小さな門の外に、昨日の小太りとグラサンがいた。よりによってこいつらか。 そいつらは、俺と小笠原を見ると頭を下げた。 『『先日はすみませんでした!!』』 「な、なんだよいきなり…」 「…まぁ、男だって言ってなかった俺も悪いけどね?勝手に怪我させるようなことしてたらおっさん達どうなってたかな〜」 『いや、本当にすまない遥人くん…だから、どうか…』 『俺の方もこの通りだからよ…』 高校生である小笠原にぺこぺこと頭を下げるヤクザという、物凄い絵面だった。小笠原の親父には、そんなに力があるのか? 「まぁいいよ、大目に見てあげる。この子は双木勇也くん、覚えておいて」 『は、はぁ…』 二人は目を合わせて、俺の方にもまた頭を下げた。そして、小声で俺の方に訊ねてくる。 『お前…まじで遥人くんの女なのか…?』 「や、だから女じゃねえって」 『そうじゃなくて…愛人なのかって』 「は?!何でそうなるんだよ!」 「どうしたの?…双木くん」 『いやいや、この前はすまなかったなって言っただけだぜ、なあ?』 「あ…あぁ。」 いきなり〝 双木くん〟と呼ばれて違和感を覚える。名前呼びもまだ慣れていないのに、変な感じだ。本当に二人のとき以外は呼ばないつもりなのか。どちらにせよ、あいつに名前を呼ばれるとぞわっとする感覚があるので、あまり頻繁に呼んでほしくはない。 「…まぁいいや、早く車出して〜」 小笠原がそう呼びかけると、そいつらの物らしい車に乗せられる。車は4,5人ほど乗れるトールワゴン型のものだった。窓には短いカーテンのようなものが付いていて、光が遮られている。 『あー今日は…病院だったか?』 「うん、そう。叔父さんとこの」 『わかった、そこなら数分で着くな』 「双木くん、シートベルトしめて。辛かったら俺に寄りかかっていいよ」 他人がいるところで小笠原にくっつくのはなんとなく嫌だったので、背もたれに体をあずけてシートベルトをしめた。 「そういや…お前は風邪…ひいてないの?」 「あー、そういえば昨日双木くんとキ」 「それ以上言ったらぶっ殺すぞ」 運転席と助手席に座った小太りとサングラスの二人は、少し驚いたような顔をして、二人で話していた。 『…遥人くんって人に優しくできたんだな』 『あぁ、女だってヤリ捨てばっかりだったのに…』 『しかも男ってどういう事だ…』 『虎次郎さんは何も驚いてなかったよな』 「…ねぇ、それ俺の悪口?」 『いや、悪口じゃねえよ!なあ?』 『あ、あぁ!』 こいつらは小笠原の素性を知っているのか。そういえば、虎次郎とかいうやつもそのような感じだった気がする。これだけ言われるということは、本当に女関係が酷かったのだろう。 車が発進すると、あいつらの言う通り数分ほどで病院らしき建物についた。 大きな総合病院というわけではなく、個人的なクリニックのようだ。それでも大きいことには大きいのだが。 俺と小笠原だけが車から降りて、入口へと向かった。

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