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第45話At hospital
中に入ると、老人や子供が何人かいた。土曜日なので人が多いというわけではない。表示などを見ると土曜日は午前中だけ診療しているようだった。小笠原が受付で何か話している間、座って待たされる。マスクをしていて金髪で目付きが悪い俺のことを見た子供は少し怖がるように母親にしがみついていた。ガラが悪いんだ、無理もない。
小笠原の方を見ると、まだ受付で話をしているようだった。談笑しているようにしか見えないのは気のせいか?早く来いよ。
すると、俺の服の裾を誰かが引っ張る。見ると、5歳くらいの少年だ。母親と間違えたのか?まさかな…
『にいちゃん…これ、読んで』
「あ?お前…母ちゃんはどうした?」
俺の座っていた椅子の隣によじ登るようにして座り、本を渡してくる。表紙には『ももたろう』と書かれている。
『ママ…まってるあいだおかいものいってるから…にいちゃん、よんで』
「なんで俺が…っ」
潤んだ目で訴えかけるように見つめてくる。それに、周りの客が何だかこちらを見ているような気がする…仕方なく本を受け取って、読み始めた。
「むかしむかし、あるところに…おじいさんとおばあさんがいました…」
読み聞かせなんてもちろんしたことないから、どれくらいの速度で読めばいいのかも分からない。心なしか周りの客は微笑ましそうにこちらを見ているような気がした。
『ももたろうかっこいいね!ぼくも、ももたろうみたいにわるいおにをやっつけるんだ!』
「…でもな、力が強いだけじゃなんの解決にもならないぞ」
『なんで?』
「悪いことをしたやつがいたからって、殴っていいと思うか?」
『わるいやつだったらいいんだよ!ヒーローはみんなそうしてるもん!』
「本当はな、ちゃんと相手と話し合うのが大事なんだ。こういうことはやっちゃだめだぞって。喧嘩は何も生まない…俺みたいになるなよ」
『にいちゃんは、けんかしてるの?』
「前までは…今はもう一緒に戦ってくれる奴らがいなくなったからな」
5歳相手に何を語っているんだろう
凄く痛いやつじゃないか?
「拳じゃなくても、言葉で人を傷つけることもある…敵をやっつけるだけが正義のヒーローじゃないからな。」
『どうすればいいの?』
「皆に優しくして、仲良くしろ。あと、ちゃんとありがとうとごめんなさいを言えるようになろうな。」
『そうしたらヒーローになれる?』
「ああ、だから兄ちゃんと約束できるか?」
『うん!ぼく、みんなにやさしくして、なかよくなる!にいちゃん、ももたろうよんでくれてありがとう!』
「よし…頑張れよ」
ハッとすると、ものすごく注目されていることに気づく。人の好奇の目に耐えられない…そう思っていると、目の前に少年の母親らしき女が立っていた。
『あの…』
俺のガラの悪さを見て、すこし緊張しているようだった。少年が元気よく母親の元へ駆け寄っていく。
『ママー!あたまがきんいろのにいちゃんがね、ももたろうよんでくれたのー!』
『あら…そうなの?…うちの息子がすみません、ありがとうございました。ほら、お兄さんにありがとうとして』
『にいちゃんありがとー!』
その母親は微笑んで会釈する。先程のような緊張は無いようだった。大きく手を振る少年にひらひらと小さく手を振り返す。
横を見ると、いつのまにか戻っていた小笠原が隣に座っていた。
「っ!いきなり現れるなよ」
「ごめんごめん…優しいんだね、頭が金色のお兄ちゃん?」
「っ〜…」
恥ずかしさで歯を食いしばって俯いた。
「なんか色々言ってたみたいだけど何話してたの?」
「うるせえ…お前こそ何してたんだよ」
「受付けのお姉さんと話が盛り上がっちゃって…連絡先聞かれてたの。ほんと、ババアのくせに盛ってんじゃねぇよって感じだよね。」
これくらい顔が整っていると、そんなことも日常茶飯事なのだろうか。しかしこいつが口に出した本音は真っ黒なものだった。
なにか心にもやがかかったような違和感を感じるが、熱の気持ち悪さだろうと自分の中で決めつける。
『双木勇也さん、診察室へどうぞ』
受付からそう呼ぶ声が聞こえる。割と早く呼ばれたなと思いつつ、小笠原に手を引かれ連れていかれる。
診察室へ入ると、そこには30代くらいの医者が座っていた。眉目秀麗と言った言葉が似合うような顔立ちで、優しい眼差しをした人だ。見ただけでこの人が小笠原の叔父なのだと分かる。
「叔父さん、久しぶり」
『ああ、久しぶりだね遥人くん。まさかこんな形で会うことになるとは…その子はお友達かい?』
「うん…まぁ、そうだね、オトモダチ」
『そうか、珍しいね。じゃあ双木くん?そこに座ってね…今日はどうしたの?』
口を開こうとすると、小笠原がスラスラと俺の病状や今の状態について説明する。それを頷きながら聞き、小笠原の叔父は俺の診察を始めた。
『じゃあまず…あれ、これは…?』
何だろうと思うと、その人の目線は俺の首元に集中している。今思い出した。そういえば首元にはキスマークがいくつも付けられていたのだ。
先程待合室にいた人間は傷か何かだと思ってくれただろうか…苦しい言い訳しか思いつかない。
「いや、その…蚊に刺されて」
『蚊…ね…なるほど。遥人くんは趣向が変わったのかな』
「そういう訳じゃないよ。特別なの」
『病院なんかに連れてくる時点でそれはなんとなく気づいてたよ。まぁいい、若いから熱くなっちゃうのも仕方ないけど、ほどほどにね?』
「叔父さん、それセクハラだから」
何故かふたりで会話が成立しているが、俺には二人がどこでどう通じあっているのかわからない。
その人は笑いながら診察を続けた。
『双木くん…きみ、目付きさえなんとかすれば凄く綺麗なんじゃないかな…いや、その生意気そうな目も素敵だけどね?』
顎を持ち上げられて、すこし体が強張る。
喋り方が小笠原そっくりなため余計に緊張する。
「あ、あぁ…そうっすか…」
『はは、怯えちゃってるのかな。可愛い子だね、遥人くん?…ちょっとそんなに怖い顔しないでよ、僕は取ったりしないから』
小笠原がどんな顔をしているかわからないが、横から凄い圧を感じる。
『…インフルエンザじゃないみたいだよ。特に急性の病気でもない。』
「じゃあ…」
『普通の風邪だね。39度まで上がるっていうのは珍しいけど…赤ちゃんとかだとたまにあるよね〜』
「赤ちゃんだって、双木くん」
「…うるせえ」
『とりあえず解熱剤とか諸々出しておくね。今日は熱が下がるようにゆっくり休んで。月曜日には完全回復すると思うよ、それじゃあお大事に』
そう言ってにっこりと微笑む。
笑った顔はすこし小笠原に似ていた。
ただの風邪でよかったと、切実にそう思う。
礼を言って診察室を後にし、隣の小さな建物で小笠原が処方箋を受け取ってきた。車にもどると、車の外にサングラスの方がたっていた。
「あれ、どうしたの?」
『それが…虎次郎さんから呼び出しくらっちまって、俺たち二人共行かなきゃいけなくなった』
「車は?」
『虎次郎さんに乗せてってもらう…お前らはどうする?』
「歩いて帰るよ、ね?双木くん」
「いや…」
「え?」
「こんなカッコで歩きたくねえ」
ここで意地を張った。
本当に少しでも、自分ですら見慣れない格好を誰かに見られたらきつい。
「じゃあどうするの…?」
「車で待つ」
「でも寝なきゃ」
「車で寝る」
「…はぁ、我儘だなぁ。おっさん、いつ帰って来れそ?」
『早くても2時間…遅ければ3時間かそれ以上…』
「そんなに待ってられる?」
「…待つ。」
『わかった、じゃあ俺たちは行ってくるからな。汚すなよ〜』
そう言って、小太りも車から降り、二人で駆けていった。
車内に入ると、小笠原はすべての椅子を倒して、フルフラットにした。車内がベッドのようになる。
「はい、靴脱いで、俺も脱ぐから。ここで寝てて。冷えピタ持ってきたから貼るよ。」
冷えピタを頭に貼られ、フルフラットになったシートに寝転がる。
この車は丁度いい。車窓のカーテンがしまっているから光がないし、寝るのに最適だった。
小笠原も靴を脱ぎ、寝るのかと思って見ると、俺に覆いかぶさるようにして耳元で囁いてきた。
「このタイプの車の異名知ってる?〝 動くラブホ〟って言われてるの。」
「は……?」
「双木くん……勇也が悪いんだからね」
しまった。そう思った時にはもう遅かった。
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