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第49話Tricky
目が覚める。部屋の時計を確認すると、もう午後5時になっていた。頭の痛みや怠さは大分無くなった。寝る前に薬を飲んだからだろうか、こんなにすぐ効くものなのか。サイドテーブルの上に置いてあった体温計で計ると、37.6度まで下がっている。ほんとうにただの風邪だったようだ。
このあとどうしようかと考えていると、部屋の扉が開く。
「起きた?具合はどう?」
「あ…熱、下がった」
いや、なんで俺が起きたって分かるんだよ。物音をたてたわけでもないのに。
「そっか、なら良かった…明日にはもう治るかもね」
「ん……」
「お風呂入ってきな。俺まだやることあるから」
そう行って自分の部屋に戻ろうとする小笠原をポカンと見つめる。
てっきりまた一緒に入ろうとするかと思っていた。もちろんこいつと入りたくなどないのだが。
「…勇也?どうした?…あ、一緒に入りたいの?」
「ちげえよ絶対入ってくんな」
クスクスと笑いながら去っていく。やっと一人で風呂に入れる、捨てずに残されていたらしいティーシャツとハーフパンツを取って風呂場に向かう。
服を脱ぐと、またキスマークが増えているのがわかる。ただ、この時期に学ランはかなりきつい事を知っている。どうやって隠そうか。
浴槽には既にお湯がはってあった。
ひと通り自身を洗って肩までお湯に浸かる。
喧嘩で出来た痣や傷なんて今まで気にしたことなかったのに、小笠原につけられたアザや傷、キスマークは目に入る度にその時のことを思い出させる。思えば小笠原と出会ってまだ三日しか経っていない。その度に様々な屈辱を…
思い出すと感情が溢れだしそうだった。
小笠原がどうして俺を好きなのかが分からない。男が好きな訳では無いと言っていたから尚更だ。
俺のことが嫌いで、辱めるためにやっているのだと最初は思っていた。それでも、小笠原が俺に向ける愛おしそうな表情は今まで誰からも向けられることのなかったものだった。
本当に好きなのか?本当だったらどうしてあんなことばかりするのだろう。小笠原の行為は、愛ゆえにという言葉では片付けられない。
でも、信じてると言ったときは一度その手を止めてくれた。その後襲いかかっているからあまり意味はなかったが。小笠原も、少しずつ変わり始めたのかもしれない。
俺はあいつに何を期待しているのだろう。
得策は俺とあいつを離す事なのだろうが、そうしたくない自分がいる。小笠原がほかの女を食い散らかそうが俺には関係ないはずなのに。小笠原が「女の子は」と話し始める時、その彼女達のことが哀れで自分の胸が痛んでいるのだと思っていた。
でも、違う…
これ以上考えたくなくて風呂から出る。
服を着て廊下に出ると、またもやそこに小笠原が立っていた。さっきまでこいつの事を考えていたので余計に驚く。
「髪、ちゃんと乾かして」
言われて気づく。そういえば濡れたままだった。嫌な予感がしたのですぐに自分で乾かそうと脱衣所に戻ろうとしたとき。
「俺がやってあげる」
「いや、いいって…」
小笠原はドライヤーを持って脱衣所の床に座る。そして自身の脚の間の床をぽんぽんと叩いた。ここに座れということらしい。結局されるがままに頭を乾かされた。髪の毛を他人に触られるとすこしくすぐったいが心地いい。目をつぶったら寝てしまいそうだ。
「勇也?今日はよく寝るね」
いつの間にかドライヤーの音は止んでいて、俺は小笠原に体重を預けていた。慌てて小笠原から離れる。段々自分の危機管理能力が薄れてきた気がする。
「あれ、もう少しいてくれても良かったのに」
「うるせぇ…何もしてないよな…?」
「大丈夫だよ、ほんの数分だったから」
そう言って頭を撫でられる。そういえば、頭を撫でられるのは父親以外ではこいつが初めてだった。そのときの父親は、まだ裏の顔を見せていなかったが。まるで小笠原に父親の記憶を全て塗り替えられていくようだった。俺にとって初めてのことを、いくつも簡単に奪っていく。
父親のことを思い出すと、息が苦しくなる。少し体が震えた。それとは別に、小笠原にとってはどの行為も慣れているからで、初めてもその後もきっと別の誰かだった。そんな思いが何故か頭を巡る。小笠原は、震えだした俺の体を抑えるように抱きしめた。
「どうした?…大丈夫だよ、落ち着いて」
苦しい。何が苦しいのかもわからない。
今日は夢を見ていない。だから大丈夫なはずなのに。どうしてこんなに…胸が痛むのだろう。
過呼吸のようになり、小笠原から離れようとするが俺を抱きしめて離してくれない。
「勇也…大丈夫、大丈夫だから…」
「っや、わかっんな…っ…くるし…っ」
すると、唇を重ねられ、無理矢理呼吸を整えられる。舌が入ってきて口内を蹂躙されると、次第に快感がこみ上げてきた。小笠原のキスは不思議だった。心も舌も溶けるように気持ちよくて優しい。要するに上手いのだろう。きっと分かるんだ、何人もとこうしてきたから。
自分の心がわからない。涙が一筋頬を伝った。それ以上涙がこぼれることは無かったが、それが何を意味するものなのかも分からなかった。
息が整い始めると、小笠原は口を離す。まだ苦しさも何も消えていなかったが、立ち上がって自分の部屋に向かった。小笠原が何か言っているが聞こえない。声を聞きたくない。きっと寝たらまた落ち着くはずだ。今日はもう寝よう。
腕を掴まれ、振り返る。
「苦しいときはちゃんと俺を頼って…ね?好きだよ、勇也…」
なんでお前までもそんなに苦しそうな顔をするのか
狡い、分かっていないくせに
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