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第51話You're Mine
スマートフォンが振動して、二人とも話を止める。
「…見ないのか?」
「え〜いや…このタイミングで来たら嫌な予感しかしないんだけど…」
そう言って伏せてあったスマートフォンを表に向けると、大量のメッセージ通知が来ていた。
差出人は全部違うが、その名前で女だとわかる。
「…返信してやれよ」
「めんどくさい…代わりにやってよ」
「はぁ?意味わかんねえ」
スマートフォンを手渡される。
「別にやましいことないし…」
「いや、そういうことじゃ…俺、ケータイ触ったことねえし」
「え、持ってないの?今度用意しておくね」
「いらねえよ別に…」
よく分からないが、タップしてみるとロックはかかっておらずメッセージアプリが開かれる。
女の名前とアイコンがずらっと並び、どの文面も似たような絵文字だらけのものだった。
『はると〜次いつ会える?』
『遥人、最近会ってくれないよね…』
『遥人くん、私とはもうシてくれないの?』
…なにがやましいことはないだ。全部やましいことしかねぇだろうが。メッセージを一つずつ開いていくがキリがない。しかも、さっき見たメッセージの女が『既読してるなら返信してよ!』ともうメッセージを送ってきている。女もSNSもめんどくさい。
「お前…こいつら全員と関係持ってんの?」
「ん〜まぁ先週くらいまではね…でも2回以上会った子なんてほぼいないし、今は勇也がいるからキープも必要ないんだよね…どうしよ」
「キープって…」
「俺、ほんとに性欲だけは強かったから、ヤッてないと我慢出来なかったんだよね…。高校入ってからは、勇也を手に入れるのが楽しみでしょうがなくて…」
「それで…どうして…こいつらはどうなんの?」
「前までは…1回ヤッたらとりあえずキープして、他の男のところに行ったら切ってって感じかな。連絡先は俺からは追加しない、あっちからしかメッセージは送らないし。」
こいつは、片付けが苦手だ。
一度出して使ったものは仕舞わない。使わなかったものでさえ出しっぱなしだ。汚れたものはゴミとして捨ててしまう。
寄ってきた女を好きなだけ食って、またいつでも使えるようにキープしておく。他人のものになったら、飽きてしまったら捨てる。
そんなことがあっていいものか。
「…今すぐ全員に謝って関係断ち切れ」
「なにそれ…勇也って束縛するタイプ?」
「束縛されてるのは…この女達の方だ」
「どういうこと…?」
俺だって、本当はただのいっときの感情で好きと言われているだけなのかもしれない。俺のことを好きな間も、女と寝ていたんだ。こいつはそういうやつだ。セックスに依存しているだけなんだ。
俺も、この女達も皆哀れだ。
「お前がキープだとかいって何人にも手を出すから…それでもこいつらは皆お前に期待して返事を待ってる。お前は期待をさせておいて裏切ってるんだよ。」
「別に…俺はそんなつもりは」
「待ってる方の辛さが、分からないのか?」
「待ってる…方の…」
だめだ、涙が出そうだ。また昔の泣き虫な自分に戻ってしまう。ぐっと堪えて言葉を続けようとする。
「…変に優しくして期待させるような事ばかりするなよ。結局その女達と同じなんだろ。契約したから仕方ないとはいえ…俺は、俺は性欲処理の道具じゃない…」
声を震わせながら言うと、小笠原は目を見開いて黙った。そして、俺の手を取ってぎゅっと握る。
「俺は…確かにヤレるなら誰でもいいと思ってた。勿論女の子達には失礼で、最低なことをしたし、期待を裏切るようなことばかりだったかもしれない…俺は、本当に彼女達に失礼なことしてるんだね。関係を切ったら可哀想だと思ってたけど、その逆だったみたい。」
涙が零れてしまいそうで、抑えないと全てが溢れて出てしまう。俺だって捨ててしまわれた方が自由になれるはずなのに。なんでこんなやつのことで胸が苦しくなるのかわからない。
「でも、勇也は違うよ…本気で好きだから。何度も体を重ねたいと思ったのも、泣かせたいと思うのも、顔を見ただけでキスしたいと思ったのも、その仕草ひとつひとつに胸が締めつけられるのも…嫉妬してしまうのも、勇也が全部初めて。」
「っ…そ、んな…」
「俺なりの愛し方があるから、それは勇也に理解できないかもしれない。でも、勇也はほんとうに俺の特別なの。ひと目見てからずっと…」
「けど…俺…」
「勇也はひとりじゃないよ。俺が一緒にいるから。」
「…そんなこと…今まで言わなかった…」
「ずっと好きって言ってたでしょ?」
「わかんねえよ、それだけじゃ…」
小笠原は、俺の側に回って後ろから抱きしめる。特に、振り払おうとは思わなかった。
「俺の気持ち伝わった?」
「でも…まだ、お前のこと…」
「分からなかったら、これから知ればいいよ。女の子達のことは…頑張って切ってみる」
「頑張ってってなんだよ」
「……刺されるかもしれない」
「自業自得だろ」
小笠原はスマートフォンを手にすると、一人ずつになにか送信しているようだった。
「今までごめん。全部遊びだった。本命の子ができたからもう君とは寝ない…これでいいかな?」
「…本当に刺されるぞ」
「えっもう全員に送っちゃったよ…まぁいいや、もう怖いから今日は何も見ない」
これでいいのか悪いのかわからない。
先程ものすごくストレートに恥ずかしいことを言われた気がする。俺のことをこいつがどう思っているかはなんとなく分かった…多分。自分がこいつをどう思っているのかはまだ少し微妙だ。
朝食で使った食器を洗う。洗っていると、小笠原がこちらにやって来た。
「俺も、やる。それ」
「あ?どういう風の吹き回し…」
「その…掃除とか片付けくらいは…自分でもやろうかな〜と…」
「……明日は大雨だな…」
「え、そんなに?酷くない?」
食器を割ったりしないかとハラハラしながらスポンジを渡してみる。その手つきはどうやら本当に洗い物もした事がないようだった。
「洗剤つけすぎ…泡付ければいいってもんじゃねえぞ。ちゃんと汚れとかぬめりが落ちるまで…おい、水出しっぱなしにするな!一回洗ってから後でまとめて濯げ」
「食器洗いってこんなにめんどくさいの…?世のお母さんって大変だね。まぁ、うちのは家事なんてしてるとこ見たことないけど」
「洗ったもんはここに置いて…ある程度乾いたら拭いて棚にしまえ。」
「はーい…そういえば勇也って定期テストの勉強とかする人?」
「は…?当たり前だろ…それがどう………あっ」
「来週木曜から休み挟んで火曜まで、期末でしょ?」
完全に忘れていた。そうだ、本当は7月に入ったら試験勉強をするつもりだったのに…こいつのせいで。授業は数回しか休んでいないからいいものの、あと3日4日でどうにかなる気がしない。
「何でもっと早く言わねぇんだよ…」
「え、俺のせい?てっきりノー勉タイプかと」
「今から勉強する…」
「あ、待って!その前に話したいことがあるんだけど…」
小笠原は、物凄く笑顔だ。嫌な予感しかしない。
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