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第52話Steady Study

小笠原の話したいこととは一体なんだろうか。 着いてきてと言われ、小笠原の部屋へ向かう。 部屋に入ると、ダンボールがそこら中に置いてあるのが気になる。中身が空のものはちゃんと潰さないと… 「…話ってなんだ」 「率直に言います、俺は今セックスレスで死にそうです」 「じゃあ死ね」 「嫌です。そこで提案があります」 「はぁ……?」 なんなんだいきなり。こいつさっきまでの雰囲気をぶち壊しやがった。口調も気持ち悪いし何を考えいるのかわからないが絶対に俺にとって良くないことに決まっている。 「駆け引きしよう」 「駆け引きぃ…?」 「定期テストの点数で勝負するの。全教科は可哀想だから、英国数の3教科。」 「それで…どうすんだ」 「この3教科の合計を競い合う。勇也は好きなだけ試験勉強していいよ。その代わり俺は全く勉強しない。」 競い合ってどうなるのかわからないが、それはあまりにも小笠原にとって不利じゃないか?でも本当に勉強しない保証もないし…条件はなんだ? 「もしも、勇也が俺に勝ったら…勇也が勝った差分の点数と同じ日数分、俺は勇也に指一本触れない」 「…っ本当か?」 「うわ〜嬉しそう。傷つく…。それで、俺が勝ったら…」 一体どんな条件を出してくるのか…俺が勝てたら大分嬉しいのだが…。 小笠原は後ろにあったダンボールを俺の目の前に置いて中を見せる。 「差分の点数と同じ数のオモチャを、勇也に使わせてもらおうかな」 「は…?オモチャ……?」 ダンボールの中には、一目見てアダルトグッズだと分かるもの、見たこともないえげつない形をしたものなど大量に入っていた。それを見ただけで身震いする。もし、負けてしまったら… 「どうする?ちなみに、俺はちゃんと勉強しない証に勇也が勉強してる間は勇也の部屋でくつろいでおくよ。」 「どうするって…そんなの…」 あまりにもリスクが大きすぎる。でも、もし勝てたら…いや、負けた時のことを考えろ。でも… 「まぁ、勇也がこの勝負降りるっていうなら仕方ないよね〜?いいんだよ、やりたくなかったら断っても」 「あ?勝負…?いい度胸じゃねえか…やってやるよ。でも、やるからには正々堂々と勝負しろ。お前も勉強すればいい、俺は絶対に負けない」 「うわ、ちょろ…いいんだね?」 「ああ」 勝負という言葉を聞くとついつい乗ってしまう。喧嘩を売られたときと同じだ。 しかし、ここでまた小笠原に負けるわけにはいかない。いつまでもお前のいいようにできると思うなよ。 「勉強してくる…」 「俺も一緒にやる〜」 「はぁ?着いてくんな!」 ……………… 結局、俺の部屋まで着いてきた。とりあえず今家にある教科書だけで勉強することにしよう。他の教科は明日持って帰ってくるか…。勉強机ではなく、小笠原の部屋からもってきた、低めの折りたたみテーブルを置いて二人で勉強を始める。 ふと、小笠原は他の教科書を持っているかもしれないと思い顔を上げると姿が見えない。 物音がして振り返ると、ベッドに寝っ転がって何か本のようなものを見ている。 「おい…おい…!……小笠原!!」 「えっなに急に…初めて呼ばれた気がする」 「教科書持ってねえの?…つーか勉強しろよ」 「教科書〜?ちょっと見てくるから待ってて。…それにしても、小さい頃の勇也ってめちゃくちゃ可愛いんだね。今の方が好きだけど」 「は…?」 そういうと小笠原は隣の自室へ行ってしまう。 言っていた意味が分からずベッドの上を見ると、そこには俺の小さい頃の写真が入ったアルバムが置いてあった。あいつどっからこんなもん引っ張り出してきたんだ。恐らく、俺の荷物ではないから母親の遺品だろう。 少しページをめくると、生まれたばかりのとき。この頃はまだ母親も純粋に俺のことを愛してくれていたのかもしれない。まためくると、小学校の入学式。髪はもちろん黒く、細くて気弱そうな俺が写っている。小学校4年生あたりから、写真の数は少なくなり、それ以降の写真は無かった。 母親が〝友達〟のところに行くようになった頃だ。 アルバムを閉じると、小笠原が部屋に入ってくる気配があった。見ると、手には大量の本を持っているがどう見ても教科書の類ではない。 「おい…教科書は…?」 「なんか全部学校にあるみたい。英語ならあったよ、ほら」 「……それ高校の教科書じゃねえだろ」 「え?そうだっけ…あ、ほんとだ〜」 教科書持って帰らないやつなんているのか。どうやって勉強してるんだよ。逆になんで中学の教科書が部屋にあるんだよ、おかしいだろ。 「…じゃあ今日はいい。」 「じゃあ俺英語やろ〜。Hi Bob.How are you?」 「うるせえ!中学英語を朗読すんな!」 「Why not?」 「…気が散るから」 ちょっと発音がいいのがムカつく。黙ったので早速自分の勉強を続ける。数学は得意教科なので絶対に負けたくない。 数Iと数A、コミュ英と英語表現、現文と古漢文…正直3教科と言っていいのか微妙だが、理社科目まで含まれると点数差が開いて負けた時に困るからまだマシか。 すると、いきなり背中を足の先でなぞられる。 驚いて体がビクっと震えた。 「ひゃっ…!…おい、ふざけんな!」 「何今の、ひゃっ…って。可愛いね?」 そう言って足で脇腹を突っついてくる。 くすぐったさに身をよじった。 「んっ…いい加減に、しろ!」 「勇也の声がいやらしくて俺も気が散るんだけど」 「あっ…やっ、死ね!好きにしてていいから、俺の邪魔すんな!」 「え〜しょうがないな〜」 やっと落ち着いたかと思うと、また教科書をてきとうに読み始める。気にせず集中しなくては。 「What color do you like?」 「………」 「What color do you like?」 何でさっきから同じ文ばかり…答えろということか?めんどくせえ、なんだこいつ。 「What color…」 「…黒」 「What is your favorite subject?」 「…数学…お前は?」 「ん〜、生物と倫理?」 「倫理観欠如してるやつが何言ってんだよ」 「酷い…」 「What season do you like?」 「まだ続くのかよ……春」 「Why?」 「最初は寒いけど…あとで暖かくなるから」 「…Are you a bad boy?」 「書いてねぇだろそんなこと」 「I think,you like a bad boy」 「何が言いたい…別に好きじゃないし意味がわからない」 「likeって似てるって意味もあるでしょ、紛らわしいよね」 「似てるもなにも不良そのものだろ…それにsimilar toとかの方が自然に…」 いけない、変に流されそうになる。集中だ、今は数学。あいつの遊びに付き合ってる暇はない。 「I really like you」 「……」 「You don't even have the slightest idea how much I like you」 「…最初の方わかんねえ」 「俺がどれくらい勇也のことを好きか、検討もつかないでしょ?ってこと」 平常心を保とうとしたが、内心物凄く恥ずかしい。聞き返さなければよかった。 というか何でこいつはこんなにスラスラ英文が出てくるんだよ、ムカつく。 「何でそんなに、英語…」 「ん?ああ、3歳から10歳くらいまではアメリカにいたからかな?父さんの仕事の影響でね。」 帰国子女かよ。こいつどういうスペックしてるんだ、計り知れない。本当に、性格以外は… 「はぁ……」 「ねぇ、お腹空いた」 「食ったばっかりだろ、あと2時間したら作ってやるから待ってろ」 「は〜い」 今日は一日勉強することになりそうだ。 絶対に負けられない戦いがここにある。 勝ったら天国負けたら地獄だ。絶対にこいつをぶちのめしてやる。

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