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第54話Landmine
洗濯物を取り込み、畳んでソファに置いていく。乾燥機は初めて使ってみたがタオルの仕上がりに感動した。柔軟剤もいいものなのかもしれない。
すると、炊飯器が鳴って米が炊けるのと同時に玄関のドアが開く音がする。丁度いいタイミングだ。
「ただいま〜。あ、おっさん達ありがとー」
玄関の方から声がする。
またこの前のヤクザ二人に車を出させたのだろうか、本当にこき使われているようだ。
リビングの扉が開き、小笠原が入ってくる。
「なんかいい匂い…ご飯?」
「ああ、今出来た」
「あっ、洗濯物まで…ごめんね、勉強忙しいのにわざわざありがとう」
「いや、別に…」
それよりも小笠原が大量に手に持っているショッパーが気になる。一体どこへ何しにいったんだ?
「今日は和食?はやく食べたい」
「手洗ってきたらな」
「はーい」
小笠原が戻ってくると、二人で食卓につく。
食事をするときの小笠原を見て思ったが、育ちが良いためか所作は全て綺麗だった。足癖の悪さだけどうにかならないものか。
「そういえば…お前どこ行ってたんだ?」
「え…浮気はしてないよ?」
「そういうこと聞いてんじゃねえよ」
「ちょっとショッピングモールまで。テスト期間だから流石にうちの生徒はいなかったけど、知り合いに会わなくてよかった〜。ほら、俺いつ刺されるかわからないじゃん?」
「あぁ…まぁ、そうだな」
「それでね、勇也の服買ってきたから」
「は…?いらねぇよあんなに」
「選んでたら楽しくなっちゃって、結局気になったもの全部買ってきちゃった。」
やはり金銭感覚がおかしい。こいつの親は本当に放任主義のようだ。というか、そんなに物を買われても使わないし勿体無い。
「俺…着ねえからそんなにいらない」
「だってこのサイズ俺着れないし、返品するのも面倒だし受け取ってよ。」
「いやでも…」
「今はいいじゃん、食べようよ」
これ以上何か言うのも無駄か。
諦めて箸を進める。
小笠原はすぐ感情が顔に出る。学校にいたときはあまりそう感じなかったが、家の中だからだろうか。本当に美味しそうに食べてくれるので、作りがいがあったなと思ってしまう。
「美味しい…俺今すごい幸せ」
「大袈裟……」
「だって好きな子がご飯作って俺の帰りを待っててくれたんだよ?」
「別に待ってねえし、たまたまお前が帰ってきたときに飯が炊けただけだから変な勘違いすんな」
「なにそのツンデレのテンプレみたいな…」
「うるせえ!さっさと食え、勉強するぞ」
「え〜まだやるの?」
夕食を食べ終え、食器を片付ける。小笠原も自分で使った分は自主的に洗うようになった。
勉強する前に風呂に入ろうと思い、小笠原が洗い物をしている隙に一人で風呂に入った。風呂から出ると、案の定小笠原が文句を言ってくる。
「せっかく一緒に入ろうと思ったのに…」
「入る理由がねえだろ」
「酷いなー…俺風呂出たら勇也の部屋いくからよろしくー」
「自室で勉強しろよ…」
聞き入れる気はないようだったので、諦めて部屋に向かう。分からなかった化学の問題に再び向き合った。もう一度簡単な問題を解いてから解き直そうと思い、解いていくがどうしても同じところでつまずく。
教科書を見返しながら考えてみるがわからない。これが解けるまでは他の教科に手をつけられない。効率が悪いのは分かっているが、解けないのが悔しい。
しばらく考えていると、部屋のドアが開いて小笠原が入ってくる。手にはさっき買ったと言っていた荷物をもっていた。そして、その中から小さめの箱を取り出すと俺に差し出した。
「はい、これ。さっき渡そうと思ってたんだけど」
「…なんだ、それ」
「スマホ。あった方が便利だと思って。」
「は?いや、なんでそんな…いらねぇよ別に」
「もう設定とかひと通りやってあるから。連絡先には俺と佳代子さんの入れておいた。佳代子さんと勇也で連絡取れ方がいいかなと思って。あの人既婚者だしおばさんだから心配ないしね。」
いや、確かに佳代子さんと連絡がとれるのは家事をする上で助かるのだが、スマートフォンを買うなんて正気か?決して安いものではないから軽々と受け取れない。
「必要ねえって…」
「まぁ、単純に俺が勇也と連絡取れないと不安なだけだから。使い方わからなかったら教えるし、受け取ってほしいな」
「でも…」
「いいから受け取って。」
そう言って押し付けてくるので渋々受け取った。よく分からないのでサイドテーブルに箱ごと置く。
小笠原は相変わらず勉強する気は無いようで、荷物を部屋の隅に置くと俺の隣に腰を下ろした。
「何やってんの?」
「化学」
「…そこ、分からないの?」
分からないというのがなんとなく嫌だったので、小さく頷く。すると、小笠原は身を乗り出して問題文を読み始めた。
「あー…これね。授業ではろくな解説されてないけど、多分こういうことだと思う。」
そう言うと、ノートにさらさらと式を書いていく。
「そしたらあとは、比で計算した方がやりやすいよ」
「ここは、なんで…」
「図で書いたらわかるかな、こうなってるわけでしょ…」
「…あ、できた」
小笠原の教え方は悔しいほどにわかり易かった。
図と式を使って簡単に説明しているだけだが、無駄がなく、理解しやすい。
「理屈が通ってればあとは適当な式に当てはめるだけ。公式じゃなくても解けることはあるからね。」
「お前っていつ勉強してんの?」
「うーん、基礎だけ授業で固めておいて、理解できたらあとは問題解くだけっていうか…小さい頃は勉強頑張ってたけど、今はそんなにかな〜」
素直に感心する。天才肌で何でも卒なくこなすというのは本当のようだ。
「お前に苦手科目とか存在すんの…?」
「あー…国語、かなぁ。特に物語文とか。だってあれ正しい答えないじゃん。」
「あんなの問題文に答え書いてあるようなもんだろ」
「…数学と国語できるって珍しいね。来年文理どうすんの?」
「まだ、決めてない」
そもそも進路も何も決まっていないし、そのうち野垂れ死ぬだろうと思っていたのでこの先の選択はまだ自分でもわからない。
「まぁ難しいよね、俺も進路きまってないし」
「お前は…医者になりたいわけじゃないのか?」
純粋な疑問だった。父親の病院は兄が継ぐと言っていたし、叔父も医者となるとこいつもそうなのかと思っていた。
小笠原は、急に表情が曇る。
「…いや、無理無理。俺は兄貴と違って期待されてないし。」
取り繕ったように笑うが、その悲しい目を隠しきれていない。地雷を踏んでしまった気分だった。
何か、何か言わなければ
「そんなん…お前がなりたいか、なりたくないかと関係ねえだろ」
「俺はなる必要ない!なれって言われて育ってないし、勉強したってなんの意味も!………ごめん、この話、もうやめよう」
珍しく大きな声を出して怒鳴った小笠原は、やはり悲しい目をしている。俺が、この話をしてしまったからだ。罪悪感がこみあげる。
「…ご…めん」
「なんで勇也が謝るの?大丈夫だよ、大きな声出してごめんね」
そう言って俺の肩に腕を回して抱き寄せる。なんだかやりきれない気持ちで、拒むこともしなかった。肩を掴む小笠原の手は、何かを訴えるように、少し力が込められている気がした。
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