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第57話Leg

特に何事もなく、残りの授業も終わって下校の時間となった。もちろん部活など入っていないし、すぐに帰って勉強するつもりだ。 でもその前に、夕飯の支度もしなくてはならない。今日は何にしようか。 自分でもこの生活に順応するのが早すぎて少し驚いているが、ひとりで暮らしていた時と家事に関しては何も変わらないから苦ではないのかもしれない。家事は嫌々やっているわけではないし、一緒に生活しているのが生活力のない小笠原だからこそ、やりがいがある気がする。 小笠原が自分にしたことを忘れられるなら、もっといいのだが。 小笠原にはああ言われたが、俺はあいつを待つ気など毛頭ない。HRが終了してすぐに学校を出てきたので、周りにあまり生徒はいない。校門を出ると、後ろから走ってくる足音がする。まさか小笠原なのではないかと思い、振り返る。走ってきたのは小笠原ではなく、真田だった。 どちらにせよ面倒なことに変わりはない。 「双木〜何でそんなにすぐ帰っちゃうの?」 「あ?お前には関係ねえだろ」 「なんでだよ、俺たちの仲じゃん」 「だから…もう俺に関わるなって」 小笠原の家の方向に歩き始める。50メートルほど歩いて右に曲がってしばらく進むと交差点がある。もちろんそこで待つつもりはないが。こっちの方面に近い駅やバス停がないため、家の近い生徒以外はほとんど居ない。 「…ねえ、双木の家ってそっちだっけ?前と違くね?」 「あっ…」 しまった。そうだ、俺の家は反対方向だった。真田がこの前ついてきたばっかりに家の位置を把握されてしまったんだ。なんと言えばいい? 「……引っ越したんだよ」 「引っ越し…?この時期に珍しいな。親も一緒?」 「…俺、親いないから」 「あ…ごめんな」 別に謝ることは無い。親がいないから悲しいなんて今更思ったりはしないのだから。 「…いいから着いてくんなよ」 「一人暮らし?」 「いや…あ…その…」 まずい。ここは嘘をついて切り抜けるべきか?しかし一人暮らしだと言ってずっと着いてこられても困る。言い訳のしようがない。小笠原と住んでいると正直に言うか?でもそうしたら仲がいいのだとまた勘違いされてしまう。 「ん?ひとりじゃないっつーことは、親戚とか…?」 「あぁ…そう、親戚…」 本当は頼れる親戚など皆両親のおかげで絶縁されてしまったからいないのだけれど。親戚がいるとなれば無理についてきたりはしないだろう。 歩いていると、ちょうど今交差点に差しかかるころだった。信号が赤になったので、そこで止まる。何故か真田は帰ろうとしない。帰れと再び声をかけようとした時、聞き覚えのある声が後ろから降ってきた。 「なにしてんの、二人で」 「遥人!なぁ、双木引っ越したって知ってた?珍しいよな、こんな時期に」 小笠原だ。真田の言葉に対して、こいつはどう答えるつもりだろうか。お願いだから余計なことだけは言わないでくれ。 「知ってるも何も、今俺と住んでるし」 言いやがった。一番言って欲しくないことをどストレートに…案の定、真田はその話に食いつく。 「そうなの?!シェアハウスみたいな感じ?いいな、楽しそうじゃん。二人だけ?家事とかどうしてんの?」 「まぁそんな感じ……双木くん、家事全般できるんだよ。料理とか、すごい上手で」 お前の事じゃねえのに我が物顔で話すな。なんでお前がちょっと自慢げなんだよ。 「双木、なんで親戚って嘘ついたんだよ〜やっぱり遥人と仲良しじゃん。」 「だから仲良くねえって…!」 「俺も、双木の手料理食べたい!」 「はぁ…?なんでそうなるんだよ」 急に黙った小笠原の方をチラッと見上げると、また不機嫌なオーラが出ているのがわかる。 「聡志、いきなりそんなこと言ったら双木くん困っちゃうでしょ。テスト期間なんだし」 「えーだって二人に聞きたいこといっぱいあるしさ、いいじゃん飯くらいなら」 「…俺の家で食べる必要ないでしょ、それだったら外食にしようよ。いいよね、双木くん?」 「はぁ?なんで俺まで…」 その小笠原の目は、有無を言わせずといった感じで物凄い圧があった。 「まぁ、それでもいっか!そこのファミレスでいいよな?あ、遥人ファミレスとか大丈夫だっけ?」 「ファミレスは何度か行ってるから平気」 半強制的に俺もファミレスに行くことになってしまった。テストが近いのだから本当は勉強したい。しかし小笠原に無言の圧をかけられると、断れる雰囲気ではなかった。 ……………… ファミレスには、まだ5時前だからあまり人はいない。早めに食べて帰らなければ部活終わりのうちの生徒などが後から来てしまうかもしれない。 一番奥の角にあるテーブル席に案内される。俺と小笠原が向かい合って座り、真田は小笠原の隣に座った。近くの席には他の客はいないようだ。 「…それで、二人っていつから一緒に暮らすほど仲良くなったの?」 馴れ初めみたいな聞き方するなよ。どうするんだと小笠原に目で訴えると、何故か不敵に微笑んでいる。何か言えと催促しようとすると、脚に何かがぶつかった気がする。机の下を少し見ると、靴を脱いだ小笠原の足が俺の脚をつついているようだった。席が狭いのもあるが脚が長くてむかつく。俺が言えということか? 「いや…別に…仲良くないし」 「照れんなって〜一緒に暮らしてて仲良くないわけないだろ」 あるんだよ、本当に仲良くなんかない。 俺が答えていると、小笠原の足が急に上のほうへなぞるように動いていく。何を考えているんだと思っていると、その足が太腿を撫で、ビクっと体が震えてしまう。小笠原のことを睨むが、やめる様子もなく、俺の代わりに真田と会話をしようとする。 「本当に最近仲良くなったんだよ。前までは全然だったんだけどね」 「双木が友達作りたくないとか言ってたから、やっぱ遥人ってすげえんだな。誰とでも仲良く出来るんだ」 「まあ、そうだね……聡志、話す前にメニュー決めなきゃ」 「あ、そっかそっか。忘れてたわ」 何勝手な事言ってるんだよ。俺は下手に口を開けない。開いたら変な声が出てしまいそうだった。 小笠原は、平然とメニューを見ながら真田と話しているが、一向に俺の脚を撫でるのをやめない。手で小笠原の足を抑えると、一度それを引っ込めた。 安堵したのもつかの間。その足が再び俺の脚をなぞっていき、俺のものへとあてがわれてしまった。嘘だろ、そう思って小笠原を見ると、冷たい目をしてにっこりと笑みを浮かべているのだった。

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