65 / 336

第65話Previous

風呂から上がって部屋に行くと、小笠原は既に俺の部屋にいた。 「あ、また髪の毛乾かしてないでしょ、ダメじゃん」 「…なんで平然とお前がいるんだよ」 「ドライヤー持ってくるから待ってて」 会話する気ないだろこいつ。テーブルで問題集を開いて解き始める。明日は数Iと化学と倫理…数学だけ落とさないようになんとかしよう。 問題に向き合っていると、小笠原がドライヤーを持ってきて部屋のコンセントにコードを挿した。 「別にいいって…」 「風邪ひくからだめ。勉強続けてていいからドライヤーやらせて」 仕方が無いので少しテーブルを前に押して後ろにスペースを作った。これは本当に無意識だった。 「勇也…?あ、そういうことね。勉強してるからベッドの上とか横からでも良かったんだけど」 そこでハッとする。前まで小笠原の上に乗せられたり脚のあいだに座らされたりして乾かされていたので、つい後ろに小笠原が入れるスペースを作ってしまった。また元に戻そうとするが、そうする前に小笠原の脚の間に収められた。逃げようとしても脚でホールドされる。 「離せ…さっきのは、間違えて…!」 「こうして欲しかったんでしょ?も〜素直じゃないな〜」 小笠原はものすごく嬉しそうだ。 観念して髪を乾かされながら勉強を続けた。 こういう時の小笠原は、手つきが優しくて嫌だ。だからと言ってあのときのように酷くされたいわけではない。心を揺さぶられるようで、自分がまた分からなくなる。 普通ならこんな奴に触れられたら拒否反応を示すはずなのだが、体の力が抜けて安心しきってしまうのは何故なのか。 「はい、終わったよ」 「ん…」 「…ほんとに髪綺麗だね」 「触んな」 「いいじゃん少しくらい」 小笠原に噛まれた首を撫でられると、体が震えて書いていた文字がズレてしまった。 「っ…やめ、ろって…」 「…うん、やめておかないと危ないね」 何がだよ…。気を抜けばすぐにベタベタ触ってくる。今は我慢だ、テストが返却されて結果が出れば、触られずに済む。 「お前も勉強しろよ、むかつくから」 「え〜…明日ってなんの教科やんの?」 「なんで知らねぇんだよ…数Iと化学と倫理…」 「あーじゃあ全部出来るからなぁ…教科書だけでも読んでおくか…」 今必死に勉強している奴の前で言うセリフではないだろう、本当にむかつく。しかも俺の教科書を勝手に読んでいる。読み始めると途端に静かになった。真剣に教科書のページを少しずつ捲りながら目を動かす小笠原の姿は何だか様になっている。 「………ん?どうかした?」 「あ、いや…なんでもない」 いつの間にか見つめてしまっていた。小笠原は本当に黙っていれば……いや、黙っていればなんだ、変なことを考えてはダメだ。 「…勇也って俺の顔好きだよね」 「はぁ?!何言ってんだよ馬鹿じゃねえの?死ね!」 「はは、焦りすぎ」 「何でそうなるんだよ!」 「いや、いつも俺の顔ばっかり見てるからそうなのかな〜って」 「…まぁ、中身に比べたら遥かにマシだけどな」 「そこまで言う?」 危ない、心の内を読まれたようで焦ってしまった。確かに小笠原の顔は、男の俺から見ても整っているのがわかる。どうしてこんな奴にこの容姿を与えてしまったのだろうか、勿体ない。 「…もう勉強するから話しかけんな」 「俺も勇也の顔好きだよ」 「…今の聞いてなかったのかよ」 「桃花眼っていうんだっけ、目の形」 「なんだよそれ…知らねえ」 普通に会話してしまった。そもそも顔が整ってる奴に褒められたところで白々しいとしか思わない。 「異性が惹かれる目なんだって」 「異性じゃねえし」 「苦痛でその目が歪むのがすごく好き…色っぽいよね」 「…お前、どうかしてる」 「うん、知ってる」 小笠原は少し自嘲気味に微笑む。教科書を片手に、俺の顔をじっと見てくる。ものすごく気が散る。 「…こっち見んな」 「だって触ると怒るから」 「男に触られたら不快だし当たり前だろ」 「確かに一理あるけど、勇也は別枠っていうか…俺、男が好きな訳じゃないし」 「尚更わかんねえよ…」 「勇也じゃないと勃たない」 「死ね」 男が好きなわけじゃないのに俺のことが好きだなんて矛盾している。それとも、やはり俺は今もまだ女顔に見えるだろうか。小学生の頃はよく性別を間違えられることもあったが、今では筋肉も少しついたし目つきも悪い。中性的な要素は極力取り除いている。それでも馬鹿にされて喧嘩を売られることはあったが。 女顔だから好きなのだとしたら、それはそれでなんだか胸が痛い。 「すぐ死ねって言うの良くないよ、本当に俺が死んじゃったらどうするの?」 「…いや、それは別に」 「うわ〜傷つく…」 「勝手に傷ついてろ」 「いいよもう、勇也の匂いで我慢するから」 どんな拗ね方だよ、面倒くさい。小笠原は教科書を卓上に置いて、俺の首の辺りに顔を近づけて小さく呼吸をする。 「…おい、やめろよ、うざい」 「勇也の匂い、めちゃくちゃ興奮する…」 「…やめろって!」 「うるさい」 「っ……」 急に冷たい目をしてそう言われると、本当に黙ってしまう。小笠原の息遣いが聞こえて動悸が激しくなる。耳に息がかかると、手が止まってしまい勉強どころではない。 「顔、赤いよ」 「うるさい…っも、寝る…」 「もう寝るの?今日は早いね」 前日に徹夜するのは良くない。明日に備えて早めに寝よう。それより本当は、これ以上小笠原に何かされるのを防ぐためだったのだが。 「早く帰れって…」 「…もう少し堪能したいんだけど」 「しなくていい」 「じゃあテスト終わったら一緒に寝ようね」 こちらが何か返事をする前に、首筋に軽くキスをして立ち上がった。 「っ…お前な…」 「覚えておいてね、おやすみ、勇也」 そう言って部屋を出ていった。明日の支度をして早く寝よう。よくわからない不整脈のせいで、今日はあまり眠れないかもしれない。きっと小笠原のせいだ。

ともだちにシェアしよう!