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第69話A cup of②
小笠原は、俺の返事を待っているようでは無かった。次第に震えはおさまり、呼吸も落ち着いてきている。
「…ごめんね、またかっこ悪いところみせて」
「いや…もう、大丈夫なのか?」
「うん…家族の話になるとどうもダメで…多分、もう大丈夫」
「そうか…」
何を言うわけでもなく、ただお互い黙ってソファに座っていた。なぜか、手だけは離さず握ったままだ。どちらが離そうとしていないのか、自分でもわからない。俺も小笠原も、手を離せないのかもしれない。そんなとき、急にインターホンがなって肩がビクリと跳ねた。
虎次郎がもどってきたのか?しかし、外にベンツは見えない。玄関まで行ってスコープから外を覗くと、佳代子さんが立っていた。両手にはたくさんの荷物がある。ドアを開けて招き入れた。
「はぁ〜ごめんなさいね、今日は日曜じゃないのに。ちょっと急用ができちゃって…メール、見てないかしら?」
「俺に、ですか?」
「あ、遥人さんの方にしちゃったのかも…ごめんなさいね」
「いえ…多分あいつ、ケータイ見てないんで」
佳代子さんが持っていた荷物を受け取り、リビングに入る。小笠原は、佳代子さんを見るとキョトンとしたような顔をする。
「あれ…?佳代子さん、今日土曜だよ?」
「遥人さんにメールしたのよ私。明日行けなくなったから今日行くって」
「あーごめん、見てなかった…」
「急だったから遅くなっちゃった…ごめんなさいね双木さん、ちょっと手伝ってもらってもいいかしら?」
佳代子さんと一緒に、食材をしまうのを手伝う。毎回、旬の野菜などを持ってきてくれているようだ。
「あら…ちゃんと期限近いものから使って行ってくれて…考えてるのね、感動するわ〜」
「いえ…その、こっちも助かってます」
「なにかリクエストがあったら言ってちょうだいね。なるべくバラエティに富んだものを持ってくるようにはしてるけど」
「ありがとうございます…」
正直、家の中の食材に困ったことは無い。佳代子さんの持ってくるものには間違いがなかったから、本当に助かっている。
佳代子さんと二人で話していると、小笠原がキッチンの方に歩んでくる。
「…ねえ、俺もなんか、手伝うことない?」
「そこの袋のものを冷凍庫にしまってくれ」
「おっけ〜」
「えっ…遥人さん、どうしちゃったの…?」
佳代子さんは、今まで見たこともないくらい目を見開いて驚いている。
「俺、変わったんだよ…勇、双木くんのおかげで」
「まぁ…!どんな手を使ったのかしら…」
「部屋の片付けとか、食器洗いとか…自分からやるようになったんすよ、こいつ」
「あら…あらそうなの…うん、人って…変わるのね」
そこまで驚くことか?と思ったが、今までの小笠原の生活を振り返ると無理もない。少し俺も得意な気持ちになった。
佳代子さんは食材の整理を終えると、家に帰らなければならないと言ってすぐに帰り支度を始めた。玄関で靴を履きながら、ふと思い出したように佳代子さんが問いかける。
「そういえば…さっき黒い車を見たのだけれど、あれは…」
「ああ、さっきまで上杉さんが来てたんだよ」
「やっぱり虎次郎くんだったのね…なにか、また危ないことに頭を突っ込んでるんじゃないでしょうね…」
佳代子さんの物言いからして、虎次郎と佳代子さんは知り合いなのだろうか。そういえば、どちらも小笠原の父親の旧友と言っていたから、そこはみんな繋がっているのか。
となると、小笠原の父親、虎次郎、佳代子さん、そして武田という組に吸収された組の頭首は皆旧友ということになるのだろうか?
ますます話がややこしくなってきた。
「まぁ…職業柄しょうがないよね」
「あなた達まで巻き込むことが無ければいいのだけれど、家に来たっていうことは…可能性があるのよね?」
「うん、最悪はね…こっちも気をつけておくよ」
「ええ、くれぐれも無茶しないでね。大人をちゃんと頼るのよ?…それじゃあ、また来週の日曜に来るわね」
そう言って、佳代子さんは帰っていった。
…にしても、繋がっている大人達は何故こうも皆ヤクザ繋がりなんだ。全員昔からこの辺りにすんでいるのだろうか。考えれば考えるほどわからない。
「勇也、そろそろ勉強?」
「…ああ、部屋行く」
「俺、しばらく自分の部屋にいるね。夕飯でなにか手伝って欲しいことあったら言って」
「わかった」
小笠原が自分の部屋に籠るのは、寝る時を除いたらテスト期間中は初めてかもしれない。だからどうといったことはないのだが…少し心配だ。
虎次郎の話…俺には実感が湧かなかったが、小笠原は事の重大さを理解しているのだろう。ヤクザが絡んでくるのと、学校同士で喧嘩をし合うのとでは規模が違う。
まさか、人が死んだりしないよな…?ダメだ、こんなことを考えては。今は、とりあえずテストの勉強をしよう。
…もちろん、集中できるはずはなかった。
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