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第70話Be sorry to part

結局、夕飯は自分一人で作ってその後小笠原を呼んだ。特に何事もなく、日付が変わる頃に就寝したが、小笠原はやはり自室に篭っていた。 日曜になってからは、小笠原はいつもの調子を取り戻したようだった。時々物思いにふけたようにぼーっとしたり、虎次郎と頻繁に連絡をとっては頭を抱えていたので、無理をしていたのかもしれないが。 「おい…小笠原」 「うーん…」 「おい!……小笠原遥人」 「えっ?!あ、なに?!」 「お茶…いれるけど、お前も飲むか」 「あ、あぁうん、ありがとう…なんでフルネーム…?」 「てめぇが何度呼んでも気づかないからだろ」 小笠原も飲むというので、緑茶をしまい紅茶の茶葉を取り出す。フレーバーはよくわからないし普通のものでいいか。 「名前で呼んでくれたらいいのに」 「面倒くさい」 「小笠原って呼ぶ方がめんどくさいでしょ」 「今更変える必要ねえし…大体お前、下の名前で呼ばれるの好きじゃねえだろ」 「え…なんで?そんなこと、ないけど…」 「…なんとなく、お前の顔にそう書いてあるような気がした」 「なにそれ…ほんとに俺の顔好きだね」 「死んどけ」 小笠原は、家の中だと思っていることがよく顔に出る。猫をかぶっていないからだろうか。自分の名前が気に入っていないというか、よくわからないが複雑な表情をすることが多い気がする。 「…まぁ、俺の名前に意味なんてないからね。兄弟を区別するためだけに付けられたようなもんだし…勇也にだったら、なんて呼ばれてもいい」 「…クソ野郎」 「それは流石にいやだなぁ…好きな子に下の名前で呼ばれるの、それ自体が嬉しいことなんだよ。自分が特別になったみたいでさ…」 「特別…か」 「だから、遥人って呼んでよ」 「…調子に乗りそうだからやめておく」 「え〜ケチ!!」 おかしくて、少し顔が綻ぶ。高校に入ってからは、こんなふうに笑うことはあまりなかった。この前小笠原が看病してくれたときくらいだ。 「…やっぱり、笑っても可愛いね」 「…もう二度と笑わない」 「そこまで?!…まぁ俺的には、泣いてくれてもいいんだけどね〜」 こいつのこの性癖だけはどうも理解し難い。泣くのが好きってどういうことだよ、ド変態め。 紅茶を出してしばらくゆっくりした。 その後、就寝前に勉強するとき、小笠原が部屋に来た。例のごとく邪魔するだけだったが、思い悩むような顔は見せなかったので、少し安心した。 ……………… 月曜火曜とテストがあった。土日に勉強をしたおかげでそれなりに取れただろう。あとは結果を待つだけとなった。すっかり忘れそうになっていたが、小笠原と賭けをしているのだ。この勝負、どちらが勝つのだろうか。 学校にいる間は、虎次郎が言っていたことに関する不安は特になかった。町中でヤクザを見かけるなんてことは無かったし、すぐそこまで脅威が迫ってきているわけでもなさそうだ。 「明日、テスト返ってくるね」 「ああ…そうだな」 「期末終わってからはテスト返却含めてずっと短縮日課だし、もうお弁当食べられないのか〜」 「昼飯作ってやってるだろ」 「そうだけど、箱に詰められてるのってなんかワクワクするじゃん」 「小学生の遠足かよ」 そうだ、テストが返ってきたらあとは大掃除と始業式をして夏休みに入る。これといって予定はないから、宿題だけでも早めに終わらせよう。 …その前に、テストでどちらが勝つかによってだいぶその後の生活が変わってしまうのだが。 「テスト期間中1回も勇也とキスしてないから死にそう…お風呂も寝るのも別だし」 「じゃあ死ね…つーか普通他人と一緒に入らないだろ」 「なんで?せっかく触れ合える機会なのに…」 「そういうのいいし…」 「恥ずかしがり屋さんだな〜」 「ぶっ殺すぞ」 一緒に暮らし始めたばかりの何日かは、キスもセクハラもかなりの頻度だった。 テスト期間中の、ただ会話をしたりするくらいの距離感が普通一番良好と言えるだろう。ハグくらいならまぁ、妥協してやらないことも無いし、このままで俺は充分だ。 しかし小笠原は、今まで毎日のように女を連れ込んでいたようなやつだ。性欲の塊と言っても過言ではない。今も相当溜まっているのだろうか…まず、俺を性的な対象として見ていることがおかしいのだが… 小笠原が勝てば、よくわからないアダルトグッズを使われてしまう。それは本当に避けたい。たとえそうなったとしても、点差は1点に留めたいところだ。俺が勝てば…小笠原は指一本俺に触れない。もし、30点差で勝ったとしたら? 30日間、小笠原は俺に触れない…指一本も。いや、いいじゃないか、これが条件だったんだ。それで俺は嬉しい…嬉しいはずなのに。 このままの関係でいいなら、別に指一本も触れないなんて条件じゃなくてもいいのに…そんなことを、心のどこかで思ってしまう。小笠原と暮らし始めてから、俺は少し変だ。 テストが早く返ってきて欲しいような、そうでないような。自分の気持ちは、とても不安定だった。

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