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第85話Split②ー遥人ー

「…寝起きブッサイクだな」 ぶっきらぼうにそう言うから、照れ隠ししているだけで本心じゃないことくらい分かっていた。だって俺、寝起きでもそれなりに格好いいから。 自信過剰なのは分かってる。でも、勇也はきっと俺の容姿だけは嫌いじゃない。 容姿だけ好かれるなんて、今まで関係を持っていた女と変わりないような気もする。 しかし勇也は一応俺の裏の顔を知っているし、それでも時々気を許してくれる。 まあ、嫌われている原因も凡そそこにあるのだが。 寝起きは低血圧で機嫌が悪かった。だから勇也より早く起きるか、起きてしばらくしてからリビングに行くように努めていたのに。 ちょっとしたことでイライラして少し乱暴に勇也をベッドへ打ち付ける。ああ、子どもみたいだ、俺。 「俺の顔好きでしょ?何言ってんの、照れ隠し?」 「そんな、怒ることねえだろ…」 「怒ってないし」 怒ってると言われて余計意地を張ってしまう。 昨日のことを持ち出し始めて、口論になる。今それは関係ないけど確かにほぼほぼ悪いのは俺だ。 勇也が淫乱と言われるのが嫌だということはよく分かっていた。それだからいつもわざと言ってまう。我ながら最低だ。 「本当はお父さんのときも喜んでたんじゃないの?」 違う。そんなことない。さっきも勇也が苦しんでいるのを目の当たりにしたのに、どうしてこんな言葉しかでてこないのか。 「お母さんも毒親みたいだったけど…その分気にかけてもらってたんでしょ…」 やめろ、止まってくれ。自分と比較して僻んだところで何になるんだ、勇也は母親のことだって辛かっただろうに。 「お前に……何が分かるんだよ」 勇也の顔を見て咄嗟に謝罪の言葉を述べたが、とても薄っぺらくてだめだ。勇也を追い詰めたのは俺で、今こんなに辛そうな顔にさせてしまったのも俺なのだから。 「俺がどんな思いしてきたか…今も、どんな思いしてるのか何も知らねえくせに…全部恵まれて育ってきたお前に分かるわけないだろ…!」 勇也はそう言い放つと、ハッとして俯く。 気づいたときには、勇也の首を絞めていた。 俺は、恵まれてなんかいない。どんなものでも望めば手に入ったはずなのに、本当に欲しかったものは手に入れることができなかった。自分の苦しみを誰かに打ち明けたのはこれが初めてかもしれない。 正気を失って、ただ無心に首を絞める力を強めていく。こんなときでさえ、苦しむ勇也の顔を見ると何かが湧き上がってきてしまう。 いっそのこと、もうこのまま絞め殺して自分のものにしてしまおうか。 そんな恐ろしい考えが浮かんでしまったそのとき、苦しいのに無理をして勇也が手をこちらに伸ばしてくるのがわかる。抵抗の意思表示だろうか、そんなことをしても無駄なのに。 その手は、弱々しく俺の頬に触れた。 驚いて、首を絞める力が緩んでいく。 苦しんでいるはずなのにその目は哀憐に満ちているようで不思議だった。言いようのない罪悪感と後悔の念。今すぐにその体を抱きしめたかった。 しかし、俺にそんなことをする権利はない。一歩間違えれば本当に殺しかねなかった。 「勇也…ごめん、ごめん…俺…」 「俺も、悪かったから…」 勇也が謝る必要は無い。だめだ、このままでは本当に俺は… 冷静になるために部屋を出ようとすると、スマートフォンに着信がくる。 こんな時になんなんだと思い電話を切ろうとすると、画面に表示されていたのはあの父の番号だった。あの人から電話がかかってくるのは初めてだ。切ろうとした手を止めて、それを持ったまま部屋の外に出た。 「…もしもし」 『ああ、やっと出たか』 「何の用」 『虎次郎から話は聞いたか』 「…聞いたけど」 滅多に聞くことのない父の声。妙に緊張する。電話越しからも、彼が少し狼狽しているのがうかがえる。 『…巻き込んでしまってすまなかった』 「別に……」 『その事で、またお前に話があるんだ。虎次郎も家に来ている。だから…二、三日で構わない、家に帰ってこい』 「……わかった。すぐ行く」 正直、家には帰りたくなかった。それでも、これは考え直すいい機会かもしれない。一度勇也と離れないとだめだと思った。 人の気持ちくらい簡単に自分のものに出来ると思っていた。どうしてだろう、そんなことは不可能だと、母に思い知らされていたのに。 できることならずっと勇也といたい。でも、それが勇也にとってどれほどの苦痛なのか、気付かないふりを続けてきた。 あとの選択は全て勇也に任せよう。到底自分のところに残ることはないだろうが、淡い期待を少し抱いて。 パソコンに入った諸々のデータを削除して、深呼吸してから部屋に入った。 家を空ける旨を伝えたときの勇也の顔は見れなかった。もし、この事実を内心喜んでいるのだとしたらそんなのはとても耐えられない。 「…ごめんね」 何度言っても足りない。ごめんなんて言葉じゃ何も拭えない。 言葉というものは、無責任だ

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