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第88話Regret②ー遥人ー

ああ、言う必要なかったかな。父の顔が強ばっているのがわかる。上杉さんも焦っているのだろうか、口を開けたまま何も言わなかった。 二人とも何も言わないから、自ら沈黙を破ることにした。 「別に、俺が何しようと俺の勝手でしょ。興味無いくせに」 上杉さんは、父の顔色を窺うように視線を移した。父の顔は相変わらず強ばったままだ。 「確かに…お前がどうしようとそれは自由だ。しかし男を好きになったところで幸せになどなれないんだ、わかっているのか」 「幸せ?なんで今更そんなこと心配してるの?」 「お前は私の息子だろう」 「取ってつけたように言うね…そりゃ、好きでもない女と結婚した父さんには何が幸せかなんて分からないだろうけど」 そう吐き捨てると、上杉さんに腕を強く掴まれる。 「遥人。いい加減にしろ」 こんなに怖い顔をしているのは初めて見た。決まりが悪くなって腕を振り払い、口を噤んだ。 「俺だって別にお前達のことを否定してる訳じゃねえ…でも、自分の父親をそんな風に言うな。こいつだって本当は__」 「いいんだ、虎次郎。悪いのは私の方だ」 父が言葉を遮る。上杉さんは、もうそれ以上何も言わなかった。 「それで、その…彼のことはどうするつもりなんだ。今回のことに巻き込まれでもしたら…」 「俺から離れれば問題ないよ。何かあったら…俺が何とかするから」 「…それで、どうしてその彼と喧嘩を」 「喧嘩じゃないし、父さんには関係ない」 父の目をまともに見ながら話すことが出来ない。自分でも厄介な性格をしているなと思った。 「じゃあ、彼とはいつから…」 「中学のときから好きで、高校も同じところ選んで…つい2週間前に接触したの。ていうかセックスした」 「なっ…」 この言葉には、流石に上杉さんも目を見開いて驚いていた。 「別に驚くことじゃないでしょ」 「…お前の素行の悪さは、知っていたが…」 意外だ。てっきり俺が中学で道を踏み外したことなど知らないと思っていた。 「中学のときからから女の子とも普通にヤッてたし、何が問題なの」 「いや…荒れていると虎次郎から聞いてはいたが、そこまでとは…」 上杉さんが告げ口してたのか、という念を込めて上杉さんの方を見ると、目を泳がせていた。 「いやぁ、俺だって…中学ん時からお前がそういう奴だっていうのは分かってたが…てっきり双木には何もしてねぇのかと…」 ああ、そうか。勇也を病院に連れて行ってくれたあの二人はきっと上杉さんには何も言わなかったのだろう。 「まぁ、最初から合意の上じゃなかったけど…無理矢理酒飲ませたし」 その言葉に、父の眉がピクリと動いた。 「待ちなさい、それは聞き捨てならない」 「は?別に最終的にやることは変わらないんだから何したっていいじゃん」 「何故無理矢理なんてことしたんだ」 「そうでもしないと手に入らないからだよ…分かるでしょ。まぁ、結局何をしたって手に入らないのは分かりきってたけど。だから脅すことで縛らないと一緒に居られなかった…」 「人の気持ちをぞんざいに扱うな…体の傷はすぐに癒えても、心に出来た傷はずっとそのままなんだぞ」 「そんなことよく簡単に言うよね。人の気も知らないで」 「人の気持ちを考えていないのはお前の方だろう。何故そんな非道なことが出来るんだ!」 父の感情が昂っているのがわかる。上杉さんは、今度は父の方を宥めようと目配せをしていた。 「ほら、もう時間だろ…あとの話は俺が遥人から聞く。お前はもう病院に戻れ」 父は時計を見るとゆっくり俺を見据えながら立ち上がり、部屋を出ようとする。そこでピタリと立ち止まって、父の背中が俺に話しかけた。 「お前は、自分を見つめ直した方がいい。私のような人間には言われたくないだろうが…それと、酒を飲んだり飲ませたりするのはやめなさい」 「何、酒くらいで…」 「お前達は未成年だろう。まだ責任を持てる年齢じゃない…うちの内科ではない、精神科のほうでアルコール依存症の患者がいただろう」 脂汗がじわりと滲んだ。俺の知る特定の個人の母親のことを指しているのかどうか定かではないが、何故か鼓動が早くなっていく。 父はそのまま言葉を続ける。 「酒は……人の体と心を蝕む。人を殺せるだけの力があるんだ」 その重い一言は俺の心の中に深く沈みこんでいく。自分の犯した罪の重さをじわじわと感じているようだった。 父はそれだけ言うと、扉を開いて出ていく。 部屋には俺と上杉さんだけが残された。 「…悪い。お前ら二人を会わせるんじゃなかったな」 「いや、いいよ。あまり話したことなかったから、逆に強気にばかり出ちゃって…ほんと俺、ダメだね」 「それで、双木とのことは…」 さっきとは違い、上杉さんはあまり聞きたそうではなかった。しかし、この人のことだからきっと聞かないと気が済まないのだろう。 俺は事の経緯と、普段の生活についてを軽く話した。 「改めて話してみると、やっぱり俺最低だね」 「あぁ…完全にお前が悪くて逆に何も言えねぇ…」 「だから、双木くんがもし家を出ていくなら、経済的な援助だけしてあげて」 「あぁ。確かに、こちらとしても責任があるし…あまりにもあいつが気の毒だ」 上杉さんは珍しく狼狽しているようで、言葉の通り頭を抱えていた。 「ほんと、何やってんだろうね、俺。嫌われる気でやってきたのに、いざ嫌われるとすごく傷つくんだ」 「しかし、本当に双木がお前に対して持ってるのは嫌悪だけか?」 「恨まれてるだろうし、本気で死ねと思ってるんじゃないかな」 「いやそうじゃねえよ…はぁ、お前も大概だな」 「……なにが」 上杉さんの言いたいことがわからなくてムッとする。 「犯罪行為までされて、しかも一方的に怒って家を出ていくようなお前と…脅されていたとはいえ一緒にいてくれたんだろ」 「そうでもしないと、双木くんは身寄りないし」 「俺だったらそんなもん死んじまった方がマシだ」 「死なせないよ。死ぬんだったら、俺がこの手で殺す」 上杉さんは顔を引きつらせて、少しの間静止した。 「……お前ら二人とも、変なやつだな」 「なに、それ」 「一度、お互い素直に向き合ってみろ」 「もう、無理だよ。きっと会ってくれない」 「お前が一方的に塞ぎ込んだだけだろ。あいつの意見も何も聞かないで…」 確かに、そうだ。自分のしたことへの後悔ばかりで、勇也の意見は何も聞いていない。 でも今懺悔したところで勇也に届くとは思わないし、勇也は俺から解放されて、もう自由なんだ。俺の顔も見たくないだろう。 「やっぱりしばらく考えさせて」 「あぁ。二、三日うちでゆっくり考えろ。俺はあまり家にいねぇし、その代わり謙太がいるが…めんどくせえから喧嘩とかすんなよ」 勇也は、まだ家にいてくれるだろうか。許してくれることなど一生ないと思うが、勇也にはもう俺に縛られずに生きてほしいと切に願う。 それなのに、心のどこかではまだ彼を自分のものにしたいと思っているのだった。

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