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汗をかく話

とうとう高嶺さんと同居する為、マンションを片付けに帰ってきた。 数週間締め切った部屋の中は、なんとも言えない匂いが立ち込めてベランダに繋がる窓を大きく開けた。 気持ちいい風が勢いよく部屋の中に入ってくる。 「隼人、家具はどうする…って言っても君は荷物が少ないし、ベッドとテレビくらいか…」 腕組みしながら思案している。この人は何をしても様になる人で見惚れてしまう。腕組みまでかっこいい。ぼんやりその姿を見ていて名前を呼ばれてハッとする。 「ベッドもテレビも処分していいです…」 「どうした?気分でも悪いのか?」 「だ、大丈夫です。業者頼みましょうか」 スマホを取り出し調べておいた業者に電話を掛ける。ここは学生時代から住んでいたマンションで家電は備え付けてあった。僕の私物は僅かしかない。 「本当に少ない荷物だよな。服もこれだけか?」 独り言のようにクローゼットを開けて掛けてある礼服とジャケット二枚だけ、後は下の収納ボックスの中にあるだけの洋服を見て呟いた。 仕事着はスポーツウェアとエプロン。ジーンズとパーカーがあれば事足りる。そんなに出かけることもなかったし、学生の頃の教科書は実家に送ってここにはない。 「そうですね。それだけです」 人より物は少ないかもしれないけど僕にとっては十分な量なんだけど。 「隼人は…ミニマム…ミニマリストなのか?」 今流行りのミニマリストと言う単語を聞いて苗村先生にも言われたことがあることを思い出した。 「違いますよ。必要なものだけで十分なんで」 「それをミニマリストって言うんじゃないのか?」 クスクスと笑いながら収納ボックスごと持つていくつもりみたいに丸ごと括り始めた。 僕は台所に置いてある小物をポイポイと段ボールに放り投げていく。それでも段ボールの三分の一くらいを占めただけで終わってしまった。 その時、高嶺さんの方からゴロンを何かが落ちる音がした。嫌な予感がして近寄ると身体を丸め紙袋を覗く高嶺さんの背中が見えた。 「どうかしました?」 声をかければスローモーションにように振り返った高嶺さんが手に…得体の知れないものを持っている。 所謂大人のおもちゃってやつだ。 なんで? そんなものがここにあるのか首を捻ると、あの日の記憶がオーバーラップする。 「あ!!」 大学を卒業する最後の飲み会で友達が「彼女と使え」そう言って貰ったものだ。 酔っ払って帰り、ヨタついた足取りでクローゼットに突っ込んだんだった。忘れてしまった産物にヒヤリと汗が伝った気がした。 「それは隼人の?」 疑心暗鬼な顔を見せる高嶺さんに大きく左右に首を振る。 「貰ったものです」 「こんなもの…誰がくれるの?」 追い込まれた小動物が目の前の猛獣に襲われかけてるような具合に壁際に追い詰められる。所謂壁ドンってやつだ。じんわり手のひらに汗をかく。 僕の言い訳を素直に聞いてくれるだろうか。見上げた彼は咎めているようには見えないけど。

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