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煙草

あれから数日後、隼人を我が家に招いた。 美陽の結婚と美紅の留学を期に以前のマンションを引き払った。住み心地は良かったがいつか隼人ををここに招きたいとそれだけを考えてこの一戸建に移り住んだ。 美紅の実家でもあり、隼人の家でもある。ここでまたいつか二人で住めたらと淡い想いを胸にここを選んだ。 隼人の姉の朋子に車を譲り、新しく買った車。金銭感覚に厳しくなったと朋子さんから隼人の様子を聞き隼人の感覚に少しでも馴染もうと、些か健気な自分に苦笑しながら国産車を選んだ。 気持ちがまた俺の元に戻って来たと舞い上がっていた自覚はある。でも全て隼人との為にだ。 隼人の手を握りしめたまま駐車場に車を乗り入れた。 ここは祖父が娯楽のために建てた別荘みたいなものだ。父から手放す話を聞いた時、迷わずここに住むことを決めた。 静かな高級住宅地のなだらかな坂の頂上にある。その風景は実家によく似ていた。 「一軒家…買ったんですか?」 他愛もない話をしながら着いた家を見て隼人は躊躇いながら聞いてくる。 「いや、ここは祖父が建てた家なんだ」 以前と変わりなく助手席のドアを開けると隼人はゆっくり足を下ろした。 再び指を絡めるように隙間なく握りしめ玄関へと急ぐ。さほど大きくない家だが庭が広く隣との塀が高い分、周りを気にすることがない。二人で住むには十分な広さだと思う。そして煙草を吸わない隼人に迷惑かけることのない愛煙家の祖父が作った家だけあってそこそこ快適な喫煙ルームがある。 多少本数は減ったが吸わない隼人に快適に過ごしてもらいたいと思っていた俺には有り難たいスペースだと思った。 広めの玄関とエントランスを珍しそうに見回してリビングに繋がるドアを開ける。娯楽用に作った家だけあってリビングは広い。隅にはバーカウンターまである。そこには有名どころのグラスが並んでいる。 テラスに繋がる扉を開けてやると気持ちの良い風は隼人の髪を揺らした。 「広い庭ですね。 犬がいたら喜びそう…」 「犬、買うか?」 そう聞けば俯きながら顔を曇らせた。 「…また…一緒に住むんですか」 それはどういう意味なのか顔色伺う。躊躇っているのはなんなのか。一つ一つ解決していかなければならないのは、もう二度と離したくないことだけではない。二度は同じ過ちを繰り返さないことなんだ。 「いやか?俺は隼人と一緒に、最期までいたいと思ってる。焦らないからゆっくり考えて」 ここで返事を聞くことはしない。いや、まだ隼人の口からは何も答えは聞きたくなかった。 家の中を散策して周りリビングに戻ると隼人はソファに腰を下ろしまた庭を眺めていた。隼人の好きなカフェオレを入れてやるとカップを両手に持ち嬉しそうに口に運んだ。 「煙草吸ってくるな」 そう言い残し喫煙ルームに足を向ける。俺の姿を目で追っていた隼人が立ち上がろうとした。 「テラスにはいかないよ。あの扉が喫煙ルームになってるんだ」 以前は一緒にベランダに出て煙草を吸う間、隣にいてくれた。風上になるように時々立ち位置を変え側で色んな話をしてくれていた。それもこれからないと思えば少し寂しい気もする。 ドアを閉めても部屋の中は見渡せる。そろそろと立ち上がった隼人はダイニングの椅子を持ち、喫煙ルームのそばに置いて座った。 その意図するものはなんなのか。隼人を観察するように見ていれば何度もこちらに視線を向けながら窓の外に視線を移す。ガラス戸を隔てた俺と隼人。言葉を交わすこともなく何度となく見つめ合った。吸い終えてドアを開けたと同時に隼人は立ち上がった。 「どうした?」 その身体をやんわりと抱きしめれば背中に手が回りフッと息を吐いた。 「琥太郎さんは…これからもここで煙草…吸うんですか?」 意外な問いに身体を離し瞳を見つめた。 「僕ね…琥太郎さんが煙草吸う手が…好きなんです…長い指と白い煙草…凄く綺麗で見ていたい…」 俺の手が好きだという意外な答えに、ただそんなことでさえも堪らなく嬉しさが込み上げてくる。 どこだっていい俺を好きでいてくれるなら。ここでこうやって俺のそばにいてくれるならなんだっていい。 「たまには外で吸ってください。僕の隣で」 隼人の隣。そしてこの先の約束。手繰り寄せる糸のように未来の約束を重ねていきたい。 煙草のおかげでまた一つ、夢を紡げると心を弾ませていた。

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