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待ちぼうけ
朝から嫌な予感はしていたんだ。
美紅の具合が悪く朝から実家に寄ってからの出勤だった。
会社に着いてスマホを取り出そうとポケットを漁る。がしかしどこにもスマホがなかった。母に電話をした後テーブルに置いた事を思い出し、舌打ちをした。
今日は休日出勤で午後から隼人との約束がある。会社からはどうにも抜けることのできない来客がある。
まあ午前中には片付く予定だからとスマホのことは頭の隅に追いやった。
商談もトントンと進み後は処理する為の入力にパソコンに向かう。
時計を見れば11時を指している。隼人との約束は13時。海の見える公園で待ち合わせだ。
サクサクと入力を済ませ隼人に早く会いたくてなんて年甲斐もなく、浮足出させていた。
デートなんて何年ぶりだろう。なおと付き合っている時は会うのはほとんど夜だけだった。お互い忙しいのもあったし、会ってすることといえば一つしかなかった。
隼人とはどこにでも出かけたくてどこにでも連れて言ってやりたくて仕方がない。
うまいものを食べさせたいし、ショッピングだっていそいそと出かけていた。どこにいても隼人といれば楽しい。いちいち新鮮な表情に見惚れて心が安らぐまさに癒しの存在だからだろう。
要らぬ詮索は一切しない。ただ俺だけを見て俺を気遣い、俺だけのことを考えてくれる。
そんな隼人との時間は睡眠を削ってでも作りたい。そんな事を言えば隼人の「睡眠はちゃんと取ってください。僕と会う時間はいつでも作れるんですから」と俺を気遣うあの可愛らしい表情を思い出しては心が潤っていった。
パソコンの電源を落とし立ち上がった瞬間に一本の電話が鳴った。
嫌な予感しかしない。だけど取らないわけにはいかない。渋々電話に出れば案の定’管理物件の緊急な問い合わせだった。
急いで車のキーを持ちエレベーターの飛び乗った。
そこからは時間との戦いだった。普段焦ることにないように十分な時間を取って行動している俺はイライラとハンドルを指打ちをする。
現場に着けば何のこともない案件で、撫で下ろす胸と同時に焦る気持ちが湧き上がる。腕時計は既に待ち合わせの時間を大幅に過ぎていた。ここから車を飛ばしても1時間はかかる。
まして休日だ。道は混んでいてここに着くのも通常の30分を超えた。
まずいな…2度目の舌打ちをして車へと急ぐ。
俺を待っていてくれるだろうか。もしかしたら家に帰っているかもしれない。西へ向かう目の前には陰り始めた太陽が眩しい。
渋滞をすり抜けて海の見える公園に着いたときには薄っすらと夕焼けがのぞき始めていた。
待ちぼうけを食らって待ち続ける身になればたとえ10分でも長く感じるものだ。
それを3時間以上待ち続けていれば恐ろしい待ち時間に感じてるはずだ。
車をパーキングに停め海岸沿いのベンチへと走った。
公園を横切り散歩をしている人を追い抜かしてベンチへと全力で走った。
ベンチに座る見覚えのある頭が見える。
やっぱり待っててくれた。隼人は帰ったりしない。きっと行き違いになるだろうと俺を待つと思っていた。
「隼人!!」
切らした息は肩を揺らし振り向いた隼人と目が合った。
途端、表情が崩れ俺の大好きな笑顔を見せて駆けてくる。
「走ってきたんですか?」
「ま、待ってると思って!ごめん!」
隼人の方に手を置き抱き寄せる。細い身体は俺の胸にストンと収まった。
「隼人、ごめん、あのな…」
言いかけて指先が俺の唇に揺れて言葉を遮った。
「いいですよ、来てくれたんだから。待ちぼうけなんかじゃないですし。僕は高嶺さんを信じてるんで」
そう言ってまた胸に顔を埋めた。
君は本当に…堪らないな…まったく…
細い身体を抱きしめて日の落ちる海辺を見た。綺麗な夕焼けが目の前に広がりこの光景を俺は一生忘れない。
君の想いも全て。
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