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誘拐
しがない世の中、ちょっとしたことで人を殺める輩が増えてきた国。
人の命を重んじる日本人はどこへいったのか。
そうは言っても俺の身の回りで殺人や誘拐が頻繁に起きているわけじゃない。
そう思って他人事のように生きてきた。
いつもと変わりなく業務が始まり、いつもと同じように仕事をこなしていた。
そしてお昼を大きく回った頃、私用携帯が鳴った。ここにかけてくるのは両親か美陽か、美紅を預ける保育園ぐらいだ。
隼人が就業時間にかけてくることはないだろうし…
そう思いながら画面を覗くと美陽と名前が浮かび上がっている。美陽は隣のフロアにいるはず。親父の会社を受け継いだ叔父の会社に俺たちは籍を置いている。とは言ってもほとんど叔父は社に出向いてきたりしない。ほぼ接待でこの会社を成り立たせている、手腕と言えば手腕なのだが。取り仕切っているのは奥様つまり、父の妹だ。
電話を手に取り「どうした?」となぜか小声になる。
「コタさん、大変!先生、園から居なくなったらしいの!」
声が反響してるあたり、廊下にでもいるんだろう。隼人が園から居なくなる?仕事を放棄して帰るやつじゃない。
「今日、園医が来て健康診断があったのよ。その後その園医と居なくなったって…園長先生に知り合いだって言ったの?それで心当たりがあればって…」
確かに言った。隼人にもしものことがあったらと…
「それで?隼人は?」
「電話しても繋がらないんだって…詳しくはわからないわ…」
電話を切り、使いたくもないアプリを作動させる。こんな時のために…こんなことが起こらなかったら使わないはずのものなのに…
そこには隼人の現在地が…ん?ここは…
護衛をたんでいるりょうに電話をする。ワンコールで繋がった奴は息荒く「なんで?」と聞き返す。
「隼人は無事か?」
りょうの問いかけには答えず隼人の安否、声が聞きたかった。それを察したりょうから電話口に隼人のこえが聞こえた。
「どうしたんですか?仕事中じゃ…」
(お前こえーよ。何先生につけてんの?)
後ろで叫ぶ。そんなぼやきは想定内だ。それに答えることをまたもやせず、隼人に問いかける。
「大丈夫ですよ。りょうちんさん居てくれたので」
その役目は俺のはずなのにと拳を握る。
「ナオさんを見送りに出てそのまま車に…でも何もなかったですから…心配しないで…」
「本当か?怪我は?」
「だから大丈夫ですって。りょうちんさんすぐに来てくれたから」
りょう…お前こそ何つけてるんだ…
(俺はSPだから!な、な!)
「りょうちんさんが俺のツレに何してんの?ってナオさん、すごい顔してましたよ。りょうちんさんの事…怖いんですね」
クスクスと笑う様子で何もなかったんだと肩から力が抜けて安堵した。
「りょうとナオは犬猿の仲だ。それに…りょうに弱味握られてるからな。無事ならいい。今日はそのまま家に…」
「仕事サボっちゃいました…」
「大丈夫、園長には俺から言っておく。心配しないでいいよ」
「すみません…」
「隼人…」
好きだと言ってしまいそうになった。仕事をほっぽり出して帰って抱きしめたかった。そうはいかない。見渡せば部下達が仕事に勤しんでいる。そうまだ仕事が残ってる…就業中だ。
大きく溜息を吐いて「また後で」そう伝えて終話を押した。
背もたれにどかっと身体を沈めてまた溜息を吐いた。りょうに護衛を頼んだのは正解だったが…ナオはどこまでも俺の邪魔をする。キィと音を立てて椅子を回せば快晴過ぎる青空が広がっている。
モヤモヤの残った気持ちを振り払うように両頬を叩いた。
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