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覚の章24

 神の妻となった人間は、人間ではなくなる。夫との間に産んだ子供を育てるために、共に神となり永遠の命を得る。  それを聞かされていた織は、婚儀の前に何度も何度も心の中で元の世界へ別れを告げた。鈴懸への想いに、さよならを言った。  この婚儀では、玉桂との口付けと共に婚姻が成立する。だから織は――今、この瞬間。玉桂と口付けをする瞬間に。 「愛しているぞ、織――」 「――……ッ」  最後の覚悟を、決めていた。  目を閉じて、震える手を玉桂の胸に添える。狐たちが息を呑んで見守る中、織は玉桂の口付けを受け入れようとしていた。  顔を近づけられて。あと、ほんの少し。吐息が重なるほどに距離は狭められ。 (鈴懸――……)  織の瞳からは、涙がこぼれ落ちた。 「……?」  しかし。  不意に、玉桂が動きを止める。どうしたのだろうと織は目を開けて……そして、どこからか聞こえてくる声に耳を澄ませた。 「――待ちなさい、」 「そこは、今、玉桂様の婚儀が執り行われてーー!」  大広間の外で、なにやら騒ぎが起こっている。どたどたと大勢が駆ける音、それから狐たちの叫び声。  何者かが、ここへやってくる。 「……ふん、来たか。姫を取り返しに」 「え……?」  玉桂はそんな騒音へ視線を向けて、訝しげにに眉を顰めながらも笑っている。事態を全く把握できていない織は、玉桂に抱きしめられながらもまっすぐに音の鳴る方へ意識を奪われていた。 ――強烈に、懐かしい。そんな、胸騒ぎがする。 「――織!!」  パン! と襖が乱暴に開けられて。 「彼」はやってきた。 「……、……え……? ……うそ、……」  現れたのは、一人の男。妖術を使った直後なのか、光の粒子を纏っていてひどく美しい。  白銀の髪、緋色の瞳。息をすることすらも忘れるほどの、眩さ。 ――竜神・鈴懸だ。 「……すず、かけ」  織はするりと玉桂の腕を抜けて、よろよろと歩き出した。意識など、半分壊れている。なぜこうして歩いているのかも、わからない。脚はがくがくといっていて、まともに歩けない。それでも織は、何度も何度も転倒しながら、ただ魂が導かれるように歩いていき――鈴懸のもとへ向かってゆく。  誰も、止めない。そこにいた全ての者が、花嫁の行動を見守っている。 「織――……」  鈴懸が、そっと手を広げた。  そうすれば、織はぽろぽろと涙を流して――…… 「鈴懸……!」  最後の力を振り絞って、鈴懸に駆け寄った。そして、ぎゅっとその胸に抱きつく。 「……っ、」  鈴懸は泣きそうな顔をして、織を抱きしめ返した。まだ、人間であることを気配で確認すると、酷く安心したように笑って、「よかった、」と震える声で小さくつぶやく。 「いこう、」  もっと、織に触れていたい。  そんな想いがこみ上げてきたがそれを飲み込んで、鈴懸は織を抱き上げる。そして、来た道を戻るようにして、再び走り出した。 「……ふふ」  花嫁が連れ去られてしまって呆然とする狐たち。しかしーーそんな狐たちとは裏腹に、玉桂はにたにたと笑みを絶やさない。じっと鈴懸の背中を見つめて、至極愉しそうに笑っているのだ。  追いかける様子もない玉桂を不安そうに見つめる狐たち。玉桂はどっかりと座って、頬杖をつきながら……ほくそ笑む。 「もう、遅いぞ? 竜神」

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