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覚の章33
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「よ、詠……その鬼は……」
詠が呼び出した式神――それは、詠の心を喰らった鬼。やっとの思いで退治したはずの
それをまた呼び出したものだから、白百合は当然のように警戒してしまっていた。
「……大丈夫、この子は私の心ですから」
しかし、詠はそんな覚を、優しい眼差しで見つめている。覚はといえば……そんな詠の視線を受けて、おとなしく佇んでいた。
詠の言うとおり、この鬼はただの鬼ではなく詠の心そのもの。だから、覚は闇雲に暴れるということはなく、詠の意志を尊重してくれる鬼だ。もっとも、少しでも心の隙を見せればそこに入り込んできて、また心を乗っ取られてしまうのだが。
白百合は、そんな鬼を使役してしまった詠をみて、驚きに目を見開いている。ちょっと力の強い娘だとは思っていたが、ここまでとは。
「……でも、詠。この鬼は力があるが……」
「……わかってます。玉桂さまには遠く及びません」
覚は、強力な式神だ。しかし……所詮は、玉桂の僕しもべだった鬼。主であった玉桂に勝てるわけなど、ない。
「ほんの少し、時間を稼げれば良いのです。そして、白百合さまをお護りできれば、それで」
だから、詠が選んだ作戦は、ひたすらに自分たちの身を守るというもの。すべての妖力を、守りに注ぐ。
「――覚……白百合さまを護って!」
詠が命じれば、覚の肉体が赤い霧に包まれる。覚の体から吹き出る、妖力が可視化したものだ。覚ほどの妖力であれば、ある程度の桜の花びらを防ぐことが可能である。
実際に、覚の巨体は玉桂の桜の花びらを防ぐのことができた。覚は詠と白百合、二人を護ることができていたのである。吹き荒ぶ桜吹雪も、覚の肉体にぶつかれば光の粒子となって消えていった。
しかし……それで玉桂が黙っていられるわけがない。苛々とした表情で覚をにらみつけると、桜吹雪の猛攻を止めてしまう。
「……鬼を使役するか、詠。想像以上に不気味な女よ」
「……なんとでも言ってください。これで織さまをお護りできるのなら、この力を恥じることはありません」
「ふん、小賢しい。おまえに織を奪い去ることなどできぬよ。圧倒的に力不足だ」
玉桂はふうとため息をつくと、ぴ、と詠を指さした――その瞬間だ。
「えっ」
詠は、身動きをとれなくなってしまう。詠に使役されていた覚も、一緒に。
「……一応覚は私の僕だったのでな。傷つける気は起こらないのだ。……そこで固まっていろ。私は織を取り戻しに行く」
「ちょっ……お、お待ちください玉桂さま!」
玉桂は動けないでいる覚の横を素通りし、さらに詠のこともまるでいないものとでもしているかのように通り過ぎて行く。覆しようのない力の差があるとはわかっていたが、ここまでだとは思っていなかった詠は、ただただ驚いてしまう。悔しさも、絶望も、そんな感情が沸き上がってくるよりも、玉桂の以上なほどの力に衝撃を受けていた。
「ま、まずい、鈴懸たちが追いつかれたら確実に終わりではないか……!」
「ど、どうしましょう……」
「わ、わからぬ、わからぬ! 今の鈴懸なんて、覚以下の力しかないではないか! どうしようもない!」
「そんな……」
動けないまま、詠と白百合はあわてていた。玉桂の背中がどんどん遠のいて行く。
織を奪還するには、あとは鈴懸に賭けるしかないのだが……果たして。
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