103 / 225
覚の章34(1)
***
「すずかけ……?」
鈴懸に種付けされた腹を幸せそうに撫でながら、織はぺたりと座り込んでいた。自分を抱きしめる、鈴懸を不思議そうに見上げて。
――鈴懸は、呆然としながら部屋の中を見渡していた。
廻り続ける、かざぐるま。消滅する気配はなく、ひたすらに、廻り続けているのだ。
このかざぐるまは、咲耶のためのかざぐるまではないのか?――一瞬そんな考えが頭を過って鈴懸は焦ったが、きっとその予測は間違いではない。かざぐるまは、たしかに織の感情に合わせて動いていた。このかざぐるまたちは、織の哀しみを拭うことができれば、消えるはずなのだ。
……つまり。まだ、織のなかには、哀しみが残っているということだ。鈴懸の愛を知っても、尚。
「……織。大丈夫だ」
「……?」
「これからは、俺が着いている。おまえはひとりで生きていくわけじゃないから」
鈴懸は、織の抱える哀しみに即座に気付いた。
それは――織が愛から逃げていたことによって生まれた、周囲の人間たちとの溝である。他人を跳ね除け続けた織は、他人が苦手になると同時にそんな自分を嫌悪するようになっていた。このかざぐるまたちを止めるには、それらも解決しなければいけないのだ。
それでも。
「俺と一緒なら、自分に向き合うことも怖くないだろ? さあ、人間界に帰るぞ、織。おまえを待ってる人たちがいる」
鈴懸はそれに絶望はしなかった。むしろ、前向きに捉えていた。
自分が、織の背中を押してやることができる。そうすれば、きっと織なら。自分自身と戦うことができるだろう……そう考えたからだ。
鈴懸が手を差し伸べると、織がゆっくりと、鈴懸に向かって手を伸ばしてくる。
潤む織の瞳。愛おしい彼の瞳に宿る、恋慕の灯火。からからと、廻るかざぐるまの音を聞きながら、鈴懸は織を見つめた。彼を救うのだと――心に誓った。
――しかし。
「――そのまま、おまえたちを帰すとでも?」
「……!」
織の手が、鈴懸に触れようとしたとき。
二人の間を割くようにして響いた、男の声。振り向けばそこには――
「どこへ行ったのかと思えば、ここにいたのか。ここにおまえが踏み入ってもいいと許可を出した覚えはないが? 竜神」
玉桂。鈴懸を見るなり苛立ったように眉をひそめる、玉桂がそこに立っていた。
「この神聖なる部屋に、おまえの進入を許した覚えはないぞ。竜神」
「……神聖な部屋?」
玉桂はゆっくりと部屋の中に入ってきて、そして鈴懸の背後で座り込む織に視線を移す。肌が火照っていて、気怠そうに下半身をだらりとしている織。表情は甘ったるくとろけていて、事後だということが顕著だ。玉桂はちっと舌打ちを打つと、かざぐるまを一つ手にとってみせる。
「……ここは、咲耶の部屋。私と咲耶が、共に過ごした部屋だ」
「……おまえの大切な部屋に、俺は入ってくるなと」
「わかっているなら出て行くがよい。もちろん、織は置いてな」
からから、とかざぐるまが廻る。鈴懸はそれを見つめ、静かに玉桂をにらみつけた。ゆっくりとしゃがみ、くたりとした織を抱きしめる。「おまえには渡さない」、そう目だけで玉桂に訴えながら。
「織に、咲耶と同じ運命はたどらせない。織は、元の世界で生きるんだ」
「ほざけ。織は私のもとで生きてこそ幸せになれるのだ。人間界の喧騒に揉まれて生きるなど、なによりの不幸であろう」
「……」
鈴懸は、玉桂の言葉を聞いてむっと眉をひそませた。この男は、人間の負の面しかみていない。そして負の感情こそが人間だと思っている。
……それが、鈴懸は腹立たしかった。人間に忘れられて、力を失って……それでも、人間を憎まずに哀しみに耐えてきた鈴懸にとって。ハナから人間を悪しき者としている玉桂の考えは、あまりにも納得がいかないもの。そして、織も自分の負の感情と戦っていた人間のひとりであるから、それも否定されたような気がして鈴懸はいらだちを覚えたのだった。
しかし、玉桂を諭すつもりなど毛頭ない。天上を生きてきた彼に、下界で喘いでいた小さな神の言葉など、届かないだろう。生きてきた世界が違う。考えが重なることは、一生ない。
だから、鈴懸はこみ上げてきた言葉を飲み込んだ。彼を糾弾する感情を飲み込んで、ただ、「事実」だけを訴える。
「……人間の世界はめんどくさいかもしれないけどな、織にとってはそこが一番幸せになれるんだよ」
「はっ……その根拠はどこにある」
「……見せてやろうか」
「ほう?」
鈴懸の瞳が細められる。
鈴懸の手が、織の頬に。ぴく、と震えて頬を染めた織は、「?」と首を傾げて鈴懸を見つめる。鈴懸の指が織の髪の毛を梳き、なで上げて、そして。鈴懸は、そっと織に口づける。
「んっ……!?」
たちまちに、織の体は鈴懸に反応した。赤く染まった肌がしっとりと汗ばみ、つやつやと艶めかしく揺らめく。腰がビクンビクンとはねて、そしてもじもじと股間をすりあわせ始める。手をぎゅっと握ってやれば、織はもっと触ってとねだるように裸の体を鈴懸にすりつけてきて、その仕草はまるで猫のよう。顔はもうすっかり懐柔されたようにとろんと蕩け、うっすらと開けた瞳は鈴懸を熱っぽい瞳で見つめている。
「なっ……」
玉桂は鈴懸の口付けで蕩けている織をみて、驚愕した。散々口付けを拒んでいた織が、鈴懸の口付けでこんなにも骨抜きになっている。すっかり勃ちあがったものの先端からはだらだらといやらしい液体がこぼれ落ち、織の座っている所は水浸し。ちゅ、ちゅ、と鈴懸が音をたてる度に織のものはピクッ、ピクッ、と震えているものだから、鈴懸の口づけがどれほど織にとって嬉しいものなのかということが、はたからみても丸わかりだ。
「す、すずかけ……だめ……こんな、見られているところで、……だめ……」
「織」
「んっ……」
鈴懸は唇を離すと、織をぎゅっと抱き込めた。そして、ちら……と玉桂を横目で見つめる。
「……っ」
鈴懸に抱き込められた織は、びくびくと体を振るわせていた。腰をかくかくと揺らして、目を潤ませながらもじもじとしている。
ぎゅっと抱きしめられたことで、織は鈴懸の匂いを強く感じてしまっていたのだ。先ほど激しく織を抱いた鈴懸の体は、ほんのりと汗をかいていて、普段よりも鈴懸の匂いが濃い。それを半強制的に嗅がされることになった織は、それはまるで媚薬を吸わされ続けているような、そんな心地に陥っていた。下腹部がどんどん熱くなっていって、今にも弾けてしまいそうになっている。
「――織は、俺が幸せにする。俺が一緒にいれば、織は絶対に幸せになる。玉桂、おまえのもとにいればそれはかなわない」
「す、ずかけ……、……あ、……あぁ……」
「織」
「はぁうっ……!」
鈴懸は歯ぎしりをしている玉桂を見つめ、目を細めた。今にもイきそうな織の後頭部に手のひらを添えて、真っ赤に染まった耳に唇をぴたりとくっつける。
鈴懸の低い声が、織の下腹部にずしんと響いた。声の振動が、まるで前立腺を振るわせるような。突き抜ける声の深みが、体の奥を突き上げるような。織は鈴懸の声を聞くだけで、鈴懸に激しく抱かれているような、そんな錯覚に陥っていた。「だめぇ……」と力なく言いながらいやらしく体をよじり、鈴懸にしがみつく。
「俺の名を、呼んで。織」
「あっ……あぅっ……や、……そんなこと、したら、……イッ……」
「イく? 俺のこと呼びながら、イこうか。織」
「あっ……あぁ、……」
悔しそうに顔をゆがませる玉桂。その前で、織は玉桂が見たこともないような艶姿を披露する。
びくっ、びくっ、と少しずつ腰を浮かせて行く織。じっと鈴懸の目を見つめて、幸せそうに泣きながら目を細めている。
「はぁっ、……あ、……んぅ……」
「織……」
「ぁひっ……! はぁ、……はぁ、……」
織の可愛らしい唇が、震えた。つん、と鈴懸に甘えるようにして唇を鈴懸に寄せ、鈴懸と吐息を混ぜ合わせる。涙と汗でぐちゃぐちゃになったその織の顔を鈴懸が優しくなでてやれば、織はうっとりとしたように目を閉じて、……そして、限界まで快楽を蓄積させた体を鈴懸にゆだねた。
「……すず、……か、……け……、……~~っ、……ぁ、……はぁ、……」
「もういっかい」
「――……ッ、すっ……ずか……ぁはっ……、すずかけっ……あ、……あぁ、っ」
「もう、いっかい」
「……っ、すずかけ、っ……すきぃっ……! ぁあぁあっ……! いくっ、……いくっ……すずかけぇっ……!!」
名前を呼んだ瞬間、織の体は幸福の絶頂を迎え、ぶしゃーっ、と見事に潮吹きをした。鈴懸はそんな潮吹きをしているモノをつかみぐちゅぐちゅと玉ごと揉み上げて、そして吐息を奪うようにして織に口づける。
もう……織はとろとろ。鈴懸に身も心もすべて奪われたように、鈴懸の虜になっていた。だらりと力の抜けた体、くちゅくちゅと音を立てる織のアソコ。されるがままになって、そして与えられる快楽を享受して。唇を塞がれながらもなお過ぎるくらいに零れ落ちる甘い声が、水音と混じってひどく甘美な音を響かせる。
「……ほら、なあ、玉桂。織を幸せにできるのは、俺だ。おまえじゃない」
ともだちにシェアしよう!