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覚の章34(2)

 はふはふと息を荒げている織を抱きながら、鈴懸が玉桂に向かって笑ってみせる。その、得意げな表情に玉桂の矜持が傷つけられる。あれほど調教した織が、一瞬の口づけで奪われてしまったのだから。  しかし、鈴懸のやってみせた行為により、玉桂は理解する。そう簡単に、織の心を奪うことはできない。ただ織の体を調教したとしても、鈴懸への恋心までを破壊することはできない。 ――だから。 「……そうか、竜神。……しかし私は織を諦めないぞ」 「……」 「貴様を殺してやる。私はなにがなんでも織を嫁にしてやる」 ――玉桂の選んだ選択は、鈴懸を消すこと。織の心のより所となっている鈴懸を消すことで、強制的に織の心を奪うというものだった。  玉桂の目は、正気ではない。織への愛が、振り切れていた。非道なことをしてまでも、織が欲しいと思ってしまうほどに。 「……おまえ、それ、もう……愛じゃないぞ」  鈴懸はそんな玉桂を冷たい目で見つめる。玉桂が最終的に自分を消すだろうということは、鈴懸も予想していたことだ。しかし、こうしてこの状況でそれを宣言されると、幻滅してしまうようなそんな心地に陥る。愛する人が愛する人を、殺してしまうのか、と。  しかし、もう玉桂を言葉で論することなどできないだろう。鈴懸は意を決して立ち上がる。そして、じろりと玉桂をにらみつけた。 「……来いよ玉桂。織のことは絶対に渡さない」 「ほう……? 勝機のない戦いに身を投じるつもりか……? 竜神も存外に莫迦なのだなあ?」  鈴懸の視線を、玉桂が鼻で笑う。  たしかに、鈴懸と玉桂の力の差は歴然であった。奇跡が起こったとしても、鈴懸に勝機の欠片も見えないほどに。 「別に……おまえの命を奪おうとか、そんなことは考えてねえ。俺はただ、織を護るんだ」 「……盾にでもなるつもりか? 盾としても役にたてるかどうか……といったところだが」  鈴懸を動かすのは、ただ、織を護りたいという想いだけ。特別な作戦があるわけでもなく、勝機を見据えているわけでもなく。愛する織を玉桂に渡したくない、それだけの想いのために、「恋敵」である玉桂と戦うことを決めた。  脱いだ上着を、織の体にかけてやる。織はきょとんとしながら鈴懸を見上げ……そして、不安げにきゅっと眉を寄せた。 「……鈴懸……? 鈴懸が、傷つくのは……嫌だよ……?」 「……うん」 「……、」  鈴懸の瞳が、赤く光る。  鈴懸が傷つくことを恐れる織の前で、鈴懸は護りの体勢に入った。ただでさえ少ない妖力だ、使い方を間違えて無駄遣いするわけにはいかない。鈴懸ははじめから、防御だけに徹することを決めていた。攻撃などしたところで、玉桂には届かないのだから。  ……勝つことは、はじめから考えていなかった。 「……ほう。詠よりは妖力があるか……? では手加減はしないほうがいいかな?」  玉桂は鈴懸を見て薄く笑う。明らかな格下を見る目であった。

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