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覚の章34(4)
*
『咲耶――なにをつくっておるのだ』
それは遙か昔。玉桂が咲耶という少女と共に暮らしていた時のことだ。
咲耶は玉桂に与えられた黄金の部屋で過ごしていた。美しい咲耶に心から惚れていた玉桂は、時間が空けば彼女の部屋に通うようにしており、玉桂と咲耶が触れあう機会も多かった。
ある日、玉桂が咲耶のもとへ行くと、咲耶はひとりで何かを作っていた。よくよく見てみればそれはかざぐるま。咲耶は細い指を器用に動かして、かざぐるまをつくっていたのだ。
『私が愛した妖怪には、これを送っているのです』
『ほう……ではそのかざぐるまは、私への贈り物かな?』
『いいえ、これは違います。玉桂さまには、最後にひとつ、とびっきりのものをお送りしますわ』
『では、それは誰につくっている』
咲耶は黙々とかざぐるまをつくっている。その数、指で数え切れないほど。咲耶の昏い瞳に、黄金とかざぐるまの紅が揺れている。
『覚です』
『……覚だと? 覚は、おまえの心を喰らった鬼だぞ。妖怪とは違う。おまえの鏡のようなものだ』
『……そうですね。私は、私にかざぐるまをつくっているのかもしれません』
咲耶の黒髪が、するりと耳から垂れ落ちた。
長いまつげが、瞳に陰をつくる。瞳は玉桂を映し、そして、すうっと咲耶がほほえんだ。目は全く表情を変えることはなく。人形のような微笑みであった。
『……私を虐げた母が……唯一、私にかざぐるまの作り方を教えてくれた。それが私が母からうけた、たった一つの愛情だった。私は……かざぐるまをつくっていると、自分を愛する人がいるのだと、信じ続けていられるのです』
『……』
玉桂は咲耶を見つめ、目を細める。
張り付けたような微笑みを浮かべてかざぐるまをつくる咲耶は、幸せそうだった。この屋敷にきてから、咲耶はずっとこうして幸せそうな表情を浮かべていた。玉桂や、覚たちと触れあうときもずっと。
幸せそうだった。
今にも、壊れそうだった。
『ああ……玉桂さま。私はどうして、かざぐるまをつくらねばならないの。どうして私は、愛されないの。この世界が憎い、すべての人間が憎い。呪ってしまいたい。あなたたちだけが、私を……愛してくれている』
世界が憎い、人間が憎い。呪ってやる、壊してやる。それが、咲耶の口癖だった。
あまりにも、哀しい人間。だからこそ、玉桂は彼女を愛した。不幸のどん底に落ちている彼女、自分であれば救えると、そう思うことができるから。彼女が悲しめば悲しむほどに、玉桂は彼女を愛おしく思った。
けれど。
一度だけでいいから、彼女の心からの笑顔を見てみたい……そう思ったことが、なかったわけでは、ない。
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