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千歳の章4(1)

「……あー……、なんというか、織とこうして旅にでるのが久々っていうか……」 「う、うん……そうだね、……」 「うん……」  白百合から神帰の泉の話を聞いたあと、二人はさっそく旅支度を整えてそこを目指すことにした。織がまだ体が本調子ではないため、家族は心配していたが、白百合が「むしろ体の調子を取り戻すための旅だ」と言えば、納得してくれた。  ――が、旅に出たのはいいものの。二人の間に、ほとんど会話はない。お互いが顔を赤くして、目を合わせることもできず……ふとした瞬間に指先が触れ合おうものなら、びくっと手を引っ込める、そんな気まずい空気が二人の間には流れていた。 「っていうかこの旅ってさ……えーと、かざぐるまを探す旅じゃないよな」 「そう、だね……」 「あれだよな、……あのー……お、俺と織が、……で、できるようになるための、旅」 「――……ッ」 ――気まずいのは、至極当然のことと言える。  この旅の目的は、今までのように「呪いを解く」というものではなく、「鈴懸と織が愛しあうことができるようにする」ものなのだから。恋人になったばかりの二人が、そのような状況で平静にしていられるわけもないのだ。 「……あのー、……ほら、せっかくここ、綺麗だからさ。……手、とか。繋ごうか」 「へっ!? あ、は、はい」  耐えきれなくなってか、鈴懸がすっと手を差し出してくる。織はそれに恐る恐る触れてみたが……鈴懸の手が、熱かったものだから。よけいにドキドキとしてしまって、織は俯いて黙り込んでしまった。 「……、」  まいった、と鈴懸は頭を掻く。  今まで散々いやらしいことをしてきたのに、いざ「恋人」になると、面映くて仕方ない。お互いの「ドキドキ」が振り切れたときは、無我夢中で口付けをしたりもするのだが……こうして、普段一緒にいるときにどうしたらいいのかわからない。  いっそ普段から口付けをしまくればいいのでは!? なんて考えが一瞬鈴懸の頭の中に浮かぶが、それは却下。織は鈴懸に口付けをされると腰が砕けてとろとろになってしまうから、口付けはある程度場所を選ばねばならない。 「あのさ、えっと……前と同じ、にしてろよ。そんな、ガチガチにならないでさ」 「う、うん」  うんうんと鈴懸が悩む横で。織は、変わらず顔を赤くして、鈴懸を見ることもできずに口に手を当てていた。 「……あのさ、聞いた話なんだけど。この泉って精霊とかが集まってくるらしいな」 「……そうなの?」  さすがにその気まずさに耐え切れなくなって。鈴懸は、新たに話を振ってみた。  神帰の泉――それは、精霊たちの憩いの場と言われている。穢れを清めることのできる泉は、精霊たちの疲れを癒やすことができるらしく、ここには様々な場所の精霊が集まってくるらしい。 「ああ、ほら……あれじゃないか」  そうしてしばらく話していると、存外早く目的地にたどり着く。  美しい花々に囲まれた、小さな泉。「神帰の泉」の名にふさわしい、見目麗しい泉である。 「わあ……すごい」  桃源郷を思わせる、非現実的なほどに幻想的な泉。織はその美しさに、惚けてしまっていた。そして、魂を抜き取られたように、鈴懸のもとから離れふらふらと水辺へ歩いて行く。  しゃがんで、手のひらで少しだけ水をすくい、腕にぱしゃりとかける。ぱしゃ、ぱしゃ……と水の音が響き、妙に艶かしい空気が織から漂い始めた。 「……織」 「……うん」  この水を、体の隅々にかければ、霊障をとることができる。水に浸かってもいいのだが、体に水をかけながら肌を撫でてゆくのが、一番効果があるらしい。  ……どちらにしても、服を全て脱がねばならない。  織は鈴懸の視線が気になるのか顔を赤らめつつも……しゅる、と着物の帯をほどきだした。 「……、」  一枚、一枚と剥がれてゆくほどに。織の細い体躯が顕著になる。そして、最後の長襦袢も肩から落ちて、すとんと織の足元に丸まれば……鈴懸もハッとするほどに美しい、織の体があらわになった。  白く、細く、なめらかな織の体に。水面に乱反射する光が弾けている。神聖なる泉の一部になったかのようなその光景に、鈴懸は思わず息を呑んだ。

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